患者様という言葉の導入や、病院の機能評価

こういったものは、「従来の研修は悪。大学は悪。公立病院は横柄」という、いままであったアングルの
中で、民間の病院グループや市民団体が「革命派」というギミックの元にやっていたものだ。

プロレス世界では、あるギミックを掲げたレスラーが人気を博した場合、
その選手の登場機会を増やしたり、メインイベンターとして抜擢することはあっても、
もともとの対立の構図自体を書き変えるような真似はめったにしない。

団体を離れようが、フロント批判をしようが、長州力は何歳になっても革命戦士のままだし、
だからみんな安心してプロレスを楽しめる。

昨日まで革命戦士だった選手が、今日からは体制派の中心とされてしまったり。
横柄な悪役として活躍していた選手が、ある日を境に急にファンに笑顔を振りまくようになったり。
何といっても、悪の黒幕であったはずのシナリオライターが、市民の声に迎合して
シナリオをコロコロ書き換えるようになったりしたら、選手も白けてしまう。

せっかく築き上げた自分のキャラクター、自分のギミックというものは、プロレス世界の「アングル」が
そう簡単には変わらないという前提でないと、機能しない。

よくできたアングルは選手の個性を際立たせるけれど、駄目なアングルは選手を潰してしまう。

晦日のPRIDEでの小川−吉田戦。あの2人の選手が普段から仲がよく、試合前もにこやかに
握手を交わしたりしていたら、大学の元先輩後輩とか、オリンピックでの過去の因縁とか、
そうした話題作りがなされていなかったら、あの試合はあそこまで面白かっただろうか?

厚生省が、あるいは自民党が「田舎者は死んで下さい」とでもテレビで断言してくれるならば、
それも脂ぎった役人がお姉ちゃんなど侍らせながら、しゃぶしゃぶ屋でインタビューでも
受けてくれたなら、共立病院にはもっと多くの研修医が集まって、
卒業生は勇躍僻地に乗りこんで行くだろう。

産科医のいなくなった町。「子供が産めません」と涙ながらに訴える母親を見て、
「子供がほしいなら、ヒルズに住めばいいのに」などと、片山さつき衆議院議員あたりが
コメントしたりすれば、下手な産科優遇政策なんかより、よほど人が集まると思う。

##いいアングルは地域医療を救うか
いいアングルは、演じる人に役割を与える。

シナリオライターというのは、基本的には「悪役」の立場を崩せないはずだ。

大昔、NHKのドラマ「源義経」で人気俳優が殺される回になったとき、当時のプロデューサーだった
吉田直哉氏のもとには、ファンからの助命嘆願が殺到したのだそうだ。

それでも、当然シナリオは崩せない。その俳優は筋書き通りに殺されてしまい、悪役となった
プロデューサーのもとにはカミソリ入りの手紙が何通も配達されたらしい。

悪のシナリオライター、それに復讐する「善良な」ファンという構図。

悪役を演じきれなくなった厚生省は、いま「市民のための」病院づくりのため、
様々な提案を試みている。

小児科や産科の診療報酬の微増。僻地での研修の義務化。医師の処罰の厳罰化。

次から次へと提案されては潰される「シナリオ」は迷走し、
現場はどんなギミックを持って仕事をすればいいのか迷う。

迷ったときには待つしかないから、結果として医療の現場にも「待ち組み」がどんどん増える。

とりあえずは無難な職場へ。何がやりたいことなのか、国の描くアングルが見えないから、
みんなより流動性の高い職種、時間がとれて、いつでも後戻りの効く職場を選択せざるを得ない。

僻地に行きたい人、小児科や産科をやりたい人というのは本当はもっとずっと多いはずだ。
医師を取り巻く情勢が、たとえ今と大きく変わらなくても。

一番恐ろしいのは、自分達のやっていることが、厚生省から誉められること。
せっかく見つけたニッチをコモディティー化されてしまうことだ。

奴等がだらしないから、自分たちが趣味できつい職場で仕事をする。これがかっこいい。

現場も知らない、背広着た年寄り達から、「○○先生のやっている地域医療活動はすばらしい。
大学の先生も、この人のボランティア性精神を見習ってほしい」などと朝日新聞あたりに
コメントを出された日には、もう人生終わり。

いままでかっこいいと思っていた自分の立場は、陳腐な役人の口先一つで
潰される。魅力的だったニッチ市場は「当たり前」のものとなってしまい、
そこに止まって仕事をすることは、かっこよくも何ともないものになってしまう。

いまいましげに悪態つかれて、お金だけ置いて立ち去ってくれるなら、ありがたいと涙も流す。
口だけ出して、「こいつの手柄は俺のもの」とばかりに誉めそやして、
後はなんにもしないから、地域医療の現場からは医者が逃げる。


今僻地にいったりすると、これをやられそうなのが一番怖い。

厚生省は、ビンス・マクホマンとか、ミスター高橋といった、「アングル」作成のプロを
スタッフに招くべきだ。

いいかげん限界に近いところまで来ているけれど、
いい「アングル」さえ作れれば、まだまだ何とかなると思う。