肺保護的な換気様式

伝統的な人工換気は、1回換気量を10〜15ml/kgに設定する。この値で換気を行うことで、患者のPaO、PaCOを正常範囲に保つことが出来る。一方、急性肺障害の患者においては、この1回換気量の設定値ではピーク気道内圧が非常に高くなり、肺胞の過伸展を生じてしまう。

急性肺障害の患者の肺は決して均一ではなく、正常に近い部分と病的に虚脱している部分とが混在している。このため過大な気道内圧、過大な1回換気量によるストレスは正常に近い肺胞に集中してしまい、結果として肺全体の換気能力を悪くしてしまう。この現象は、特にPEEP圧が低く、1回換気量が大きい呼吸器のセッティングで顕著に見られる。

肺保護的な換気の目的は、1回換気量をより少なくすることで肺胞の過伸展を減らし、また高いPEEP圧を用いることで末梢の小さな気道を開くことにある。

どの程度の1回換気量なら許容範囲なのかについては、まだ一定した見解が無い。

現在いわれているのは、人工呼吸器モニター上の圧-容量曲線で、気道内圧が upper inflection point を超えた場合は明らかに1回換気量が過大だということである。Roupieらの報告では、1回換気量を10ml/kg以下に設定した場合、 85%の患者でupper inflection point を超えなかったという。

臨床試験

少ない1回換気量のトライアルは1990年代に2つ行われ、ともに死亡率の低下を見ている。
この結果を受け、虚脱した肺胞を再度呼吸に参加させ、その状態で安定化させることでARDSの病態を改善させうるということは古くから示唆されてきた。いくつかの動物実験臨床試験では、こうした"open-lung"の考え方を用いた呼吸管理手法はARDSの予後を改善させ、ICUの滞在期間を短縮させた。

1959年に、Meadらは犬を用いた実験を行い、人工換気を長期間施行すると肺のコンプライアンスは進行性に低くなり、またこうした変化は肺のサーファクタントシステムの変化によりもたらされると報告した。

人工換気による肺サーファクタントの欠乏は、以下の機序により発生するといわれている。

機械換気は肺胞のI I型上皮細胞の働きを刺激し、肺サーファクタントの産生を促す。こうして作られた肺サーファクタントは、肺胞の虚脱とともに気管内に押し出されてしまい、肺胞の物質透過性が亢進してしまう。この結果、肺毛細血管から肺胞内への液体成分の漏出が生じ、肺の浮腫が生じる。

人工換気や原疾患の進行により肺サーファクタントが欠乏した肺胞は、バクテリアの進入を許し、また炎症細胞のサイトカイン放出の場となる。

高いピーク気道内圧と、低いPEEP圧はともに肺からの炎症性サイトカインの放出を促す。ピーク気道内圧を買えずに10cmHO程度のPEEPを加えるか、あるいはピーク気道内圧を下げることで、サイトカインの放出量を減少させることが出来る。

現在、肺は単なる呼吸器疾患の進行の舞台ではなく、多臓器不全の引き金を引く炎症性サイトカインの産生の場であるという認識が広がりつつある。人工呼吸器のついている患者においては、肺胞の虚脱を招くような不適切な人工呼吸器のセッティングはそれ自体が予後悪化の因子となる可能性がある。

理論上は、虚脱してしまった肺胞を再び膨らませるためには60〜70cmHO の圧力が必要とされる。しかし、肺の直径が大きくなればなるほど、同じ気道内圧であれば肺の表面張力は低下する。すなわち、一度虚脱した肺胞を広げてしまえば、より少ない気道内圧の変化で換気が出来る可能性がある。

ちょうど、風船を膨らませる際、小さな直径から膨らませるときには大きな力が必要だが、一度大きく膨らませてしまった風船には意外に簡単に空気が入る。肺と風船とは完全に同じではないものの、高いPEEP圧を維持することで、肺胞へのダメージを最小限にしながら最低限必要な1回換気量を維持できる可能性が出てくる。

人工呼吸器を用いて肺胞を開くためには、従来の従量式の換気様式よりはPCVのほうが有利である。虚脱し肺胞が再度開いた際、その開存を維持するためにはより多くの空気が必要となる。

供給される空気の量があらかじめ設定されている従量式の呼吸に比べ、PCVは新たに換気量が必要となった場合は即座に呼吸器から空気が供給される。

ARDSを生じている肺は、さまざまな部位に小さな無気肺を生じている。最近のARDSのガイドラインどおりの小さな1回換気量を用いても、虚脱した肺胞のbarotrauma や炎症性サイトカインの産生を押さえることは難しい。

ARDSの人工呼吸管理において、早期から虚脱した肺胞を再動員し、またそうした肺胞を開いた状態で保ちつづけることの重要性は、十分に強調されているとは言えない。

"Open lung"という考え方は、Lachmannらが最初に提唱し、今まで多くの議論を生んできた。ここでいうOpen lung とは、肺内のほとんど全ての肺胞が呼吸に参加している状態である。こうした状態を保つことで、肺内の右左のシャントは減少し、酸素化は改善しうる。理論上は、こうした状態が保たれた場合、100%酸素吸入下ではPaOは450mmHgに達するはずである。

この考えかたどおりの呼吸管理が出来るようになったのはまだこの数年のことで、ここで用いられるのがPCVである。

具体的には、Pressure-controlled ventilation モードを用い、ピーク気道内圧を40〜60mmHgとし、吸気/呼気の比を 1:1から2:1とすることで、虚脱した肺胞が再度呼吸に動員されうる。

再動員が成功したかどうかは、同じ気道内圧での1回換気量が上昇したかどうか、また血液ガスデータが改善したかどうかで評価できる。

この後、ピーク気道内圧は1回換気量が減少しない最小限の値まで下げられる。たいていの場合、一度開いた肺胞を開いた状態に保つのに必要なピーク気道内圧は、人工換気開始時の圧よりも15〜30cmHO 程度低い値である。

PEEPはこの間、呼気時に肺が虚脱しないよう、10〜20cmHO に維持される。

こうしたアプローチを取ることで、小規模な臨床試験では、22名のARDS患者において死亡率は10%、従来どおりの管理方法に比べて有意に多臓器不全が少なかったと報告している。

"Open lung"アプローチが優れた結果を出せた理由としては、この方法は平均気道内圧が高くなる代わりに吸気時と呼気時との気道内圧の差が少なくてすむため、barotrauma と biotrauma とが少なくすんだためと考えられている。

肺保護的な換気

肺保護的な換気モードの大規模試験としては、2000年のARDSnet の報告がある。このスタディーでは、従来の換気群の呼吸器セッティングを1回換気量12ml/kg、最高気道内圧を45〜50cmHOとし、"保護的な"換気群のセッティングを 1回換気量を6ml/kg、最高気道内圧を25〜30cmHO以下になるようにコントロールした。

PEEPについては、両グループともFiOに応じて(図)4〜15cmHOに設定された。

患者はARDS患者861名を対象とし、結果とて有意な死亡率の低下(コントロール群39.8%、保護換気群31%)をみた。人工呼吸器装着期間、他の臓器不全を合併する頻度とも、保護換気群のほうが少なかった。

患者ごとの比較で、両群で同じPaOを得るためには保護換気群のほうがより高いPEEPを必要とし、またより高いFiOを必要とした。

barotraumaの合併頻度や、筋弛緩薬の使用の頻度については両群で変わらなかった。

このスタディについては批判もあるが、小さな1回換気量で出来る限り気道内圧を低く保つという呼吸管理方針自体は現在の主流になりつつある。

このスタディで大事なのは小さな1回換気量だけではなく、比較的高いPEEP圧が用いられている点にも注目する必要がある。1回換気量を小さくするだけでは酸素化の改善は望めず、進行する肺胞の虚脱と二酸化炭素の貯留を招いてしまう可能性がある。

実際、このスタディでの"保護換気"群では、PaOを低くするために頻呼吸にすることは認められており、保護換気群のほうが1回換気量は少なかったものの換気回数は多かった。さらに、このスタディの条件で換気を行うと内因性のPEEPが高くなってしまい、実際に設定したPEEP圧以上の圧が患者の肺にかかっていた可能性もある。逆に、このことが患者の予後を良くした原因の一つになったという指摘もある。

逆相換気(IRV)

急性肺障害に陥った肺は、正常な換気が可能な肺胞と、コンプライアンスの低い肺胞とが混在している。

このため、通常の吸気時間では病的な肺胞を十分に膨らませることが出来ず、酸素化が悪くなってしまう可能性がある。

この現象は、吸気時間を通常よりも長くすることで解決できる。IRVは、吸気/呼気の比(I:E)を1以上に保つ換気の方法であると定義される。

こうした換気の方法は、PCVで吸気時間を延長していくか、あるいは従量式の換気で吸気時間を延長し、漸減型の吸気フローに吸気時のポーズを併用することで実行することが出来る。

吸気時間を延長することで、平均気道内圧と1回換気量をもとの値に維持したままでピーク気道内圧を減少することができる。この換気モードはまた、死腔換気を減らすことで血液ガスの値を保ったままで1回換気量を減らす効果も期待できる。

こうしたIRVの効果が実際に現れるためには数時間を要し、またこうした換気モードがもっとも有効なのは虚脱した肺胞を再動員可能な急性肺障害の発症早期になる。

実際、ARDSの患者の予後を推定しうる値の一つに死腔換気率が報告されており、死腔換気を減少させるIRVはARDSの予後を改善させる可能性がある。

IRVの問題点

吸気時間を増加させると、当然呼気時間は短縮する。

呼気が十分にできないままで次の吸気が開始されると、肺胞内にエアートラッピングを生じ、気道内圧が上昇する。これは"内因性PEEP"といわれる。この現象は肺胞の過膨張を生じ、気胸の合併を増加させる可能性がある。

また、内因性PEEPの増加により平均気道内圧は上昇し、心拍出量の減少や酸素運搬量の減少を生じうる。こうした現象は、とくに吸気/呼気比を4:1以上にした際にみられる。

IRV施行中は1回換気量を減少させることが多いため、PaCO2 の上昇もしばしば見られる。一方、血液中の二酸化炭素濃度については IRVの開始によりむしろ減少する、という報告もある。

さらに、IRVは生理的な換気ではないために、患者の同調が難しい。このため換気中のセデーションの量は通常の換気よりも上昇し、しばしば筋弛緩薬が必要になる。特に、従量式の換気でIRVを行った際には患者の同調が悪いと気道内圧が極端に上昇することがあり、注意が必要である。

IRVの臨床試験

IRVの効果を裏付ける臨床試験はほとんどない。

酸素化の改善効果は、単純に内因性PEEPの増加による平均気道内圧の上昇のためであると考えられている。

このため、IRVと通常の換気モードとの直接比較はPEEPの値を正確にそろえることが難しいため、評価することが難しくなる。

いくつかの小さなスタディでは、IRVをARDSの患者に施行したが通常モードの換気に比べてIRVの優位性を証明できなかった。このスタディでは人工呼吸器が外から加えたPEEPと、内因性PEEPの合計値が両群でそろえられていたため、 IRV群でも酸素化の改善効果が得られなかったために優位性を証明できなかったと考えられている。

また、こうしたスタディでは、患者の呼吸器のモードを変えてからその効果を評価するまでの時間が30〜60分程度と短く、 IRVの肺胞動員効果が証明できなかったのだという意見もある。 IRVのこうした効果が出てくるには24時間程度必要、としている初期の報告がある。

このように、IRVの効果はまだ確立してはいないが、この換気モードは比較的シンプルに実行可能な方法であるため、血行動態の安定している患者で、通常の換気モードでは十分な酸素化が得られない場合には試してみる価値がある。