脳梗塞のリハビリテーション

Plasticity of the human motor cortex and recovery from stroke.

従来型のリハビリが行われてきたにもかかわらず、脳梗塞の機能予後の改善効果はいまだに十分でない。一方、こうしたリハビリテーションの有無にかかわらず、自然に麻痺側の機能が回復していく患者がいる。こうした患者に何が起こっているのかを観察することで、リハビリテーションに新しい目標が生まれるかもしれない。

鍵になるのは脳の可塑性である。

従来、脳の機能は一度固定すると変化しないと考えられてきたが、最近ではやはり可塑性があると考えられている。有名な例は手足の切断等で末梢神経の求心路が遮断されたケースであるが、求心路が遮断された脳の皮質の細胞は、その活動を止めるわけではない。こうした細胞は、まだ機能の残っているより中枢側の手足の情報を扱うようになる。

この結果、脳の細胞の配列は手足を失う前とは変化する。こうした変化がどのくらいの期間で生じるのか、いくつかの実験が行われたが結果はさまざまだった。手足の利き腕を入れ替える実験などでは、こうした神経の配列の変化は5日間程度で生じるとされたが、一方で数年かかったという報告もある。

脳梗塞の回復も、こうした脳の可塑性を利用する形で行える可能性がある。

極端な例では、手術で大脳半球をとってしまった患者の例がある。こうした患者は通常片麻痺になってしまうが、若い患者などでは麻痺側の機能が戻る人がいる。

片脳しかない人に機能MRIなどで脳の働きを調べてみると、麻痺側の刺激に対しても、同側の脳(とられていない側の脳)の細胞が反応することがわかる。こちら側の脳細胞は、本来は健側の手足の動きをつかさどっているはずであるが、健側の動きで興奮する脳細胞とは別に、より前方外側よりに麻痺側の動きに反応する神経細胞の集まりが新たに発生しているという。

こうした脳機能の再配列は、脳梗塞の患者でも生じる。片脳の脳梗塞を生じたにもかかわらずほとんど麻痺を生じなかった患者6名の症例報告では、本来の麻痺側を動かす際にも同側の大脳半球が興奮し、また反対側の小脳半球が興奮していた。これは、脳梗塞に陥った大脳半球の働きを、健側の大脳半球、病側の小脳半球が肩代わりをしていることを示している。

同様に、よい回復を示した脳梗塞患者の病側の大脳半球にも変化が生じる。脳梗塞に陥った脳細胞が再び機能することは無いが、麻痺の回復した患者の病側の脳皮質では、手足の動きに合わせて前頭葉後頭葉の興奮がより強まることが分かっている。本来手足の動きで興奮するのは主に側頭葉なので、ここでもやはり神経細胞の再配列が生じていると考えられる。

一方、こうした神経の再配列を生じても麻痺が治らない人もいる。これは、健側と病側の脳細胞同士で麻痺に陥った手足の制御を"奪い合って"しまっているからであろうと説明されている。

神経の再配列現象は、手足のような末梢の部分よりも、喉頭の動きのような体の中心に近い部分でより生じやすい。脳梗塞に伴う嚥下障害は、脳梗塞患者の3人に1には生じるが、数週間でかなりな人が自然回復する。このときにも、嚥下の中枢では健側の嚥下の中枢の活動がより高まることで、病側の脳細胞の働きを補償していることが分かっている。

こうした脳の可塑性を引き出すという観点からは、ADLの拡大を目指した従来型のリハビリテーションは間違っている可能性がある。装具の使用などにより麻痺側の働きをより減らし、まだ動くほうの手足の動きを鍛えることで麻痺側への脳の働きはますます低下してしまう。

このため、現在麻痺側の使用を促すための方法として注目されているのが Constraint induced movement therapyである。

この方法は、片麻痺の健側の運動をスリングなどで制限して、患側の運動を誘導しようとする治療法であり、こうすることで体が麻痺側の不使用を学習することを防ぎ、また麻痺側をより活発に使わざるを得ない状況を作る。この方法は、脳梗塞の急性期に用いても、慢性期に用いても従来の脳梗塞リハビリに比べて効果が期待できるという。

同様に、脳の可塑性を促す方法として紹介されているのが課題志向型アプローチと呼ばれている方法で、これは単なる筋力トレーニングを行わせるだけでなく、患者に多くの課題(標的を指し示す、指のタッピング、消去課題、硬貨を裏返す、迷路、ネジを締める、物体の移動など)を含む積極的な訓練プログラムを行ってもらうものである。こうした課題は麻痺側にかなりの運動制御を要求するため、大脳皮質の再構成を協力に促すと考えられている。下肢に対しては同様に、従来型のゆっくりした歩行訓練ではなく、トレッドミルなどの機械を用いて歩行速度に重点をおいた訓練を行うことで、回復がより早まったという報告がある。

さらに、麻痺側の訓練も単に行っただけでは問題がある。通常、麻痺側であっても肩から肘にかけての中枢側の筋力はある程度残っている人が多いため、リハビリを行っても手先の機能を戻すことは難しい。この現象に対処するため、リハビリ中に中枢側の筋に局所麻酔をかけ、手先の運動をより強力に促すことで手の動きがよりよく戻ったという報告がある。

以前書いた鏡を使ったリハビリなどの考え方とあわせ、手足の刺激、視覚刺激、薬物などを使って脳のマップをより積極的に書き換えるというリハビリのアプローチがますます面白くなっている。

健側と麻痺側との神経細胞のバッティング、中枢側と末梢側の制御の奪い合いの調節などはコンピューターのプログラミングそのものであると思う。

将来的には、機能MRIなどの画像所見をみて医師が患者脳の再構成仕様書を作成、それにあわせてPTやOTの人たちが視覚、聴覚、手足の運動などの刺激を通じて患者の脳を再構成(プログラミング)していくという図式が成り立つと面白い。

自分は循環器なので、こうした仕事には一生縁が無いだろうけど。

応用で、寝なくても疲れないレジデント、怒鳴っても壊れないレジデントなどができれば便利…これはマインドコントロールの領域か。脳への働きかけという点では、両者の方法論はとてもよく似ている。