脂肪静注製剤のこと

IVHで長期栄養管理を行っている人は、理論上十分な栄養供給を行っているにもかかわらずどんどん痩せていく("肉"の部分が少なくなってしまう)。

この理由のひとつに挙げられているのが、糖質の代謝速度の上限である。人のグルコース代謝量は、最大で2-4mg/kg/分である。このスピードはミトコンドリアの糖代謝律速段階になっており、インスリンを大量に使って、糖分を細胞内へいくら押し込んでもこのスピードが上がることはない。

このスピードは、体重50kgの人で1日1152kcalの糖分しかエネルギーに回せないことを意味している。

PNツインなどの糖質メインのIVH製剤だけで栄養を供給していると、たとえば1日に1500Kcalをブドウ糖で供給すると、そのうちの1100Kcalはエネルギーに回され、余った400Kcalは体内にグリコーゲンのような形で蓄えられる。

この患者さんの1日に必要なエネルギーが1500Kcalとすると、不足分の400Kcalは体内の蛋白の異化により作られる。

この結果、十分なカロリーを供給しているはずなのに血液データ上の総蛋白/アルブミンは低下はとまらず、患者さんはむくんでいく。

このため、糖分によるエネルギー供給だけでは、体内の構造蛋白の異化を防ぐことは出来ない。このときに、不足するエネルギーを脂質で補ってやると、人体の糖代謝速度の上限を上回るカロリーを供給することができる。

カロリー供給を糖を中心に行うか、脂質を中心に行うかを比較した研究(腹部手術後の患者)では、糖群で見られたCO2産生の増加が脂質群では確認されず、更に糖を中心に栄養を行った群ではエネルギー需要が増加する(グリコーゲン/脂肪新生のために余計にエネルギーが必要になるからと考察されていた)ことが確認されている。

脂肪はもともと非常に良質なカロリー原であり、今まで用いられなかったのは、栄養学的な無理解というよりも、むしろ安全な製剤が普及していない点の方が大きかった。

そんなわけで、一時食事の取れない患者さんのほとんどに脂肪性剤を点滴で使っていたが、最近はその使用量が減少しつつある。

理論上は糖質単独で用いるのに比べて患者さんの栄養状態が非常に改善するはずが、実際に使ってみるとそんなにはっきりとした差が出ない。

末梢からでも安全に滴下できるといううたい文句の割には血管痛が多く、また静脈炎の発症率も高いような気がする。

脂質製剤をを急速に滴下すると、体内のトロンボキサンの合成が高まり、肺血管の収縮を生じる可能性がある。

配合禁忌の薬剤はきっと多いのだろうけれど、脂肪性剤の色が色だけに全く分からない。

どれも医学的な根拠は乏しく、身の回りの患者さん数十人程度を診た「印象」でしかないのだけれど、いまだに得体の知れない部分が多い点滴製剤という印象を拭いきることが出来ず、使用は減っている。

一方でよく使うようになったのは、末梢用のアミノ酸製剤である。

今までは入院直後はラクテックやソルデムなどの輸液製剤、落ち着いてもなお食事が取れなければIVHを考慮していたものが、アミノフリードが販売されてからはIVHの頻度は本当に減った。

カロリー的には明らかにアンダーカロリーのはずなのだが、同じカロリー量の入る10%ブドウ糖ベースの輸液を使ったときに比べても明らかに患者さんの体力の持ちがいい。

違いといえばアミノ酸の供給の有無だけなので、やはり急性期からのアミノ酸補充が何らかのいい効果を出しているのだろうか?このあたりの知識になると、「あるある大辞典」以上のものが自分には全くないので何ともいえない。あくまでも印象論で。

脂質製剤については、治験されている中鎖脂肪酸製剤が販売されたり、あるいはキット化された末梢静脈栄養性剤に脂質バッグが組み込まれたりすれば、まだまだ使用量が増加する余地はあると思う。ソフトバッグ化されてだいぶ使いやすくはなったが、まだまだそのハンドリングの悪さは他の製剤の比ではない。