コンセプト51

白い巨塔が小説として発表された頃、医師は自信に満ち溢れていた。

患者さんへのムンテラの際、医師は胸をそらし、両手を大きく広げて父権を強調し、「大丈夫。私を信じてください」と話すことで患者さんとの信頼関係を築き上げた。

カリスマをベースにした信頼は強い。もちろん人間同士の相性はあるものの、当時の有名病院の医師の下には「信者」が集まり、そうした医師の威光効果をいや増した。医師と接するだけで患者はその医師を100%信頼し、何があってもその信頼は揺らぐことが無かった。

今は違う。医師は特別な存在ではなくなり、白衣の中身は自分達と同じただの人間にしか過ぎないことなど、誰だって知っている。医師が信仰の対象にならなくなって久しいが、近年ではバッシングのいい的になっている。

現在の医師は腕を組む。患者さんとお話する際、抱擁するかのように広げられていた腕は組まれて壁を作り、医師の背はうなだれる。もはやそこには信仰の対象になるようなカリスマはおらず、疲れた人間がたたずんでいるだけだ。

患者は人間としての医師を全く信用しない。一方で、医学はそんな中でも進歩する。毎日新しい治療が生まれ、治療の選択肢は増えている。徐々に減っているとはいえ、どんな治療手段にも必ず失敗するケースが出てくる。医師-患者の信頼関係は以前以上に欠かせなくなってきている。信頼関係を築き上げる、新しい方法論が必要だ。

コンセプト51とは、人質交渉人が犯人との信頼醸成を行う際の考え方である。

人質交渉人とは、人質事件や誘拐事件が発生した場合に犯人との交渉を行う人物のこと。1970年代は世界各国で人質立てこもり事件が続発、強攻策を取った結果多くの人質が犠牲となっていた。FBIを筆頭に凶悪犯罪者やテロリストに対する交渉術を研究し、ネゴシエーターが交渉を全て担うようになって事件解決率は80%以上になった。
人質が相手の手の内にある以上、交渉に失敗は許されない。交渉人は警察側、犯人とは敵対する側の人間である。交渉人がどんなに魅力的な人間であっても「私を信用してくれ」などと力説したところで、犯人が交渉人を信用するわけが無い。

こうした状況での信頼関係の醸成にはウソやはったりは通用しない。ばれたら人質は殺される。ギャンブルは出来ない。交渉人はとにかく相手の話を聞き、小さな約束を積み重ね、それを必ず守りつづけることで少しずつ信頼関係を作っていく。

犯人の相手への信頼度は、交渉を開始した直後は0%である。これを1%ずつ積み上げていくわけだが、目標とするのは100%ではないという。50%をわずかに超え、51%を目指せと説いている。これがコンセプト51である。

1%を積み重ねて100%の信頼を目指そうとすると、そこにはどうしてもウソやハッタリが必要になる。安請け合いをする恐ろしさ、ウソをつく恐ろしさは失敗を重ねないとなかなか分からない。

「大丈夫ですよ」「必ずよくしますから」といった言葉を安易に発するのは恐ろしい。一方それがいかに恐ろしく、また大変なことなのかは、新人にはなかなか分かってもらえない。

ウソやハッタリを使わない交渉では、相手に事実を積み重ねて分かってもらうしかない。医師を信用していないにもかかわらず、患者は「安心」や「保証」といったものを医師に求めて病院に来る。「大丈夫です」と一言いってしまえばお互い幸せになれる。しかし見逃しや合併症は絶対にゼロには出来ない。

こうした状態で医師に出来ることは、とにかく自分の考えていることを相手に分かってもらうことだ。自分が今どんな病気を念頭においているのか。今後の検査の方針や戦略。失敗の可能性。診断を外したときに今度はどういった対策を考えているのかといったことを、可能な限り分かりやすくプレゼンテーションする。

「医師」というカリスマに対して信頼をもらうのではなく、自分の立てた「戦略」に対して信頼をもらう。

患者さんにとっては、どんなに優れた戦略であっても、究極的には成功するか失敗するか。確率は50%だ。「戦略は分かった。なんとなく勝ち目がありそうだ。」これでやっと信頼度は50%に達する。しかしこの後が難しい。

Aという治療プランでは1年生存率43%、Bというプランでは生存率は56%に上昇しますが、3%の確率で致命的な合併症が生じます。どちらにしますか?
言っていることは間違っていない。正しくインフォームドコンセントだ。しかし正しい情報、分かりやすい戦略を伝えていても、こんな言いかたをしたのでは信頼は50%から49%以下に下がってしまう。

目標を51%に置く方法論では、一番難しいのが最期の1%を積み上げることだという。最後の1%だけは、やはり人間としての医師を信じてもらうことでしか信頼を積み上げられない。

前医の間抜けさ加減を強調する。「大丈夫です」と言い切る。「あなたの病気は非常に危険なものですが、何とかしてみせます」と大見得を切る。1%ではなく、一気に10%も20%もの信頼度を稼ぐ方法はいくらでもある。しかしこうした方法はやはりギャンブルで、現在これをやるのは危険すぎる。

最後の1%は、まず自分から相手への信頼を示し、代わりに相手から1%だけの信頼を得るしかない。

組んだ腕を開き、背を伸ばす姿勢というのは相手への信頼を示すポーズである。この姿勢は父権を強調するとともに、「あなたを信頼している、あなたなら刺されても抵抗はしない」という非言語メッセージを相手に送る。信頼度がまだ50%にしか達していない人の前で、腕を開くのは非常に怖い。犬の喧嘩で、負けたほうが腹を見せるポーズに近いものがある。だがここで相手の誠意を信用しないと、相手は絶対に自分を信じてはくれない。

こんなことを考えながら今もムンテラにいそしむ。7年目頃からようやく、組んだ手を開けるようになった。背中は今でも曲がったまま。まるで土下座だ。今はまだ、このぐらいでちょうどよいのかもしれない。