大学病院を出る人たちへ

最後はやはりこれで。

おはよう、諸君。
……あと一時間たらずで、君たち研修医諸君は市中病院へ向かって飛びたち、
史上空前の強敵と交戦する。時を同じくして、各地の大学病院も、日本中の
市中病院に対し同様の攻撃を行う手はずだ。

諸君がまもなく赴く戦いは、本学史上最大の戦いとなるだろう……
そう、開学以来最大の……。
大学……この言葉は、今日、我々全員にとって、新たな意味を持つ。
大学病院に対する今回の暴虐行為に少しでも意味があるのなら、
それは我々職員が共有するものの大きさに気づかせてくれた、
という点につきるだろう。

医局間の無数の差異など瑣末事でしかないことを痛感させ、
共通の利益というものの意味を実感させてくれた。

そしてさらに、歴史の方向を変え、大学病院スタッフであることが
どういうことであるかをも定義しなおしてくれた。

今日この時より、院内の各医局がいかに深く研修医に依存していたかを、
我々は決して忘れることがないだろう。

今日が4月1日、本学が独立行政法人化した日であることに、
私は皮肉を感じずにいられない。

運命のいたずらというべきか、この日は再び、自由への大いなる戦いの
始まりを記念する日になろうとしている。

しかし、今回我々が勝ち取ろうとしているものは、圧制、迫害、弾圧からの自由などよりも、
ずっと基本的なものだ。

奴らは、我々を殲滅しない限り、決して満足しない。
我々は自らの生きる権利、自らの存続を懸けて戦うのだ。
一時間足らずのうちに、諸君らは恐るべき敵に……市中病院に戦いを挑む。

口先だけの約束をするつもりはない。
勝てる見込みがあるという保証は一切できない。
しかし、意義のある戦いがあるとしたら、これこそはその戦いだ。

今、この大学存亡の時にあって、こうして周りを見回してみると……
諸君のような勇者たちに恵まれて、自分はつくづく幸せ者だと思う。
言葉本来の意味で、諸君は真の研修医と呼ばれるにふさわしい。
諸君は出身大学を愛し、医局を守りぬくために自らの才能と技術を差し出し、
命を投げ出す覚悟を固めている。
諸君と共に戦列に立てることを、私は心から誇りに思う。

さあ、諸君、勝とうが負けようが、共に叫ぼうではないか。

我々は決して粛然と闇に消えたりはしない!
抵抗もせずに滅びてたまるものか!
当然の権利を護り抜くため、勇猛果敢に戦い、
最期の時であっても、昂然とこうべを揚げていよう!

そして、もし戦いに勝利したなら……何らかの奇跡により、
一見不可能事に見えるこの戦いに勝ち抜けたなら……
それは想像できる限り最も輝かしい勝利となる。

4月1日は当院だけでなく、地球上のあらゆる大学病院が肩を組み、
こう叫ぶ日となるだろう。

"我々は決して従容と死を受け入れたりはしない!
我々は生き続ける!生き続けてみせる!"
と。
その日こそ、我々は……真の大学病院の勝利を祝うのだ!

明日からは全然違う世界、違う文化の中での生活。

実際のところ市中病院には「敵」などおらず、そこには新しい仲間であり、また教師でもある同級生や病院スタッフがたくさんいるところです。病院ごとの文化の違いから、最初のうちはとまどったり、また無力感にとらわれる事が何度もあるかもしれませんが、すぐに慣れます。

外病院に出るのは新鮮な経験ですし、また色々な文化を吸収する事は、いい医者になるためには一番いい方法と信じています。

いたずらに敵を作るのは賢い方法でも何でもないのですが、「敵」がいて、自分が正義を気取った方が、世の中が何倍も面白くなるのも事実です。外病院の先生方もまた「仲間」なのですが、一方で自分が大学で育った医師であるということも、心の片隅にでも留めておいてもらえると、きっと役に立ちます。

将来、本当の修羅場をくぐらなくてはならない時、限界を超えてもなお働かないと話が前に進まない時、最後に自分を支えてくれるのは一緒に頑張っている仲間、そして自分が、研修を受けた病院の「看板」を背負っているというプライドです。


北京でSARSが大流行した時、北京の衛生局長は非常なプレッシャーにさらされました。

隔離を強制された人からの怨嗟の声、衛生局の無策を触れ回るマスコミや政府、同僚や、自分の身内に至るまで毎日のように犠牲になり、SARSを発症していく毎日。

普通の人間ならとっくにくじけて逃げ出している状況ですが、そんな状況をささえてくれたのは自分の地位に対するプライド、そして「お前は正しい事をしている」「すごい奴だ」といった、他の地域の同僚からの応援のメールであったといいます。

インタビューの間中、彼は携帯電話を握りしめ、誰かのメールが来るのをずっと待っていました。

非常に強いストレスのあと、この人の心の大事な部分は壊れてしまったように見えましたが、それでも友人からの激励、共感のメールは、ただの人をしてSARS禍を乗り切るための気力を与えてくれたのです。

大学で作った仲間は大切な財産です。どこの病院に行っても一緒です。

いろいろな事を偏見なく吸収できる柔軟性を持った、誇り高い医師となってくれることを祈っています。