ハトがハトでいるために

タカ派ハト派ゲーム理論

タカ派の戦略->どちらかが大怪我して動けなくなるまで徹底的に戦う。
ハト派の戦略」->自分より強そうだなと思ったら、すっと引き下がる。

集団の中でタカ派ハト派が共存したらどうなるか。普通に考えると、戦わない選択肢をとるほうは滅んでしまうと考えるが、そうではないらしい。

ゲームのルールは以下のとおり。

タカ派ハト派が戦うケースでは、必ずタカ派が勝つ(10点もらえる)。
●ただし、敗者のハト派は引き下がるので、ダメージを受けない(0点)。
タカ派同士、ハト派同士が戦うケースでは勝率50%になるが、タカ派同士は徹底的にダメージを与えるので負ければ50点失い、勝てば10点もらえる。
ハト派同士の戦いはダメージを受けないので、負けても0点。勝てば10点。
●そのかわり、なかなか決着がつかないので、ハト派は時間的ロスが生じる(-3点)。
このルールでグループ内のタカ派ハト派を競わせると、タカ派28%、ハト派72%の集団になった時点で均衡状態が生じるという。

理論と現実社会とは違う。実世界でのハトにだって、プライドぐらいある。タカから喧嘩を売られるとつい買ってしまう。攻撃力が低いので、タカとハトとの争いは常にタカが勝つ。ゲーム理論なら、このときのハトのダメージはゼロ。実際には、負ければ誰でもくやしい。ハトのダメージは絶対にゼロにはならない。

集団は、当初は理論どおりにハトとタカとが共存するが、そのうち傷ついたハトが一羽、また一羽と脱落していく。幸い、医局には毎年人が補充される。新しいハトがまた補充され、医局は再び安定を取り戻す。

実世界で、ハトが安定してハトとして生き延びるためには、徹底して戦いから引かなくてはならない。ゲームのルールの中で、ハト派の最大のメリットは、つまらない争いのダメージが「ゼロ」であるという点に尽きる。争い事が生じたとき、自分自身にダメージを残さないためには、ハトはタカ以上にすばやく動く必要がある。

もともと、どう考えてもハトよりタカのほうがすばやい。彼我の機動力の差を覆すには、相手の動きを読むしかない。集団の中では、ハト派の数は多い。ハトがハトとして生きていくためには、お互いの情報交換を密にすることで、タカの攻撃を出し抜くことができるかもしれない。

集団の中において、タカは集団に進歩をもたらし、ハトは安定をもたらす。

ハトの仕事は、タカの餌になることだけではない。ハトが集団の中にいることには何かの意義があるはずだし、またそうでなければハトなんかやってられない。

医療の現場においては、タカが新しい治療で持って病気に切り込む一方、ハトはタカが興味のない症例、「当たり前すぎてつまらない」症例を黙々とこなし、病棟の雰囲気を保つ。

ハトにも、どうしても戦わないといけないときがある。立場こそ違え、お互い技術を持った医者の集団だ。治療の方針の大勢はタカ派が決め、たいていはそれで上手くいく。それでも患者さんがうまく治らないとき、ハトが何とかしなくてはならない。

タカの出した治療方針自体を否定すれば、ハトは即座にミンチにされる。自分へのダメージを最小限に、何とか治療方針を変更するにはどうするか。タカの出したプランを生かしたまま、何とかしてハトの考える結論に誘導することを考える。

同じ患者さん、同じ疾患を治療しても、ハトの考える治療プランと、タカの考える治療プランとは違う。同様に、ハトの考える患者さんのゴールと、タカの考える患者さんのゴールも、また異なる。たいていの場合、タカは侵襲的な治療、完全な治癒を目指す。タカから見れば、ハトのプランは「ヌルい」。ハトのゴールも「それでは、患者さんを治療したことにならないよ」と一蹴される。

物事が上手くいかないとき、人はその戦略を否定されると怒り出すが、ゴールを変更されても結構大丈夫なことが多い。負け戦のとき、将軍は「この作戦を止めて、撤退しよう」とは言わない。代わりに、「後ろ向きに進軍」という言葉を使う。

集団の中でハトが生き残り、そしてハトの役割を果たすためには、患者さんにトラブルが生じた場合に備え、常に「ハトの考えるゴール」への持っていきかたを考えておく必要がある。普段はそうしたプランが日の目を見ることはほとんど無い。だが、タカのプランが一度上手くいかなくなったとき、タカが熱くなる前に別の目標を示せなければ、集団の中にハトが存在する意義は無い。

ハトでいるのも、結構大変なんだ。