雰囲気を監督する人がいるならば、その監視者は誰なのか。

職場紹介の時にはこんな話は出ないし、病棟になじんでしまってからでは手遅れだ。

兵站の情報というのは、ドラマにならない。病気のことに比べればいかにもつまらない話だし、
みんな毎日同じことをしてるから、目新しさもない。
「伝えなくてはいけない」という気にならないから、伝わらない。

新人にとっては、兵站路の確保はまさに死活問題だ。食べるタイミング。トイレにいくタイミング。
寝るのに適したソファーの場所や、ごろ寝しても邪魔にならない床の場所。

医者にとって、病棟という場所は「職場」というよりは「**生活の場所**」だ。
食べて、働いて、寝るという生活サイクルが病院内で完結できないと、そこで仕事をするのは不可能だ。

新しい職場についたら、最初の1週間は何とか死ぬ気で頑張る。その時期に、治療や手技といった派手な
情報とは別に、自分なりの兵站の確保を行わないと、2週間目以降にボロが出る。

##空気を読む
医局の空気というものは、科が替わると全く異なってしまう。

空気というものは、動物の習性と大体同じだ。群れをなすのが好きなのか、個人行動が重視されるのか。

群れる空気の医局というのは、いつまでも一緒に行動するのが美徳だ。

みんないつまでもダラダラ残っているし、速く帰ったら疎遠になる。
集団行動系の医局はいつでも仲間が大勢いる。夜中に患者が急変しても、当然のように
誰か手伝ってくれるし、自分もまた他の人を手伝う。その代わり、「仲間」の空気を維持していくのは
大変で、要するエネルギーは相当大きい。

群れる空気の中では、誰かを頼ると仲間になれる。新人はSOSコールを積極的に出せるし、
そのことがまたその新人を「仲間」に認定してくれる。

その代わり、新しい技術を覚えても、
それを勝手に一人でやったりすると「空気」が汚れる。仲間なら、必ず誰かを呼ぶだろう?
そのあたりの空気を読めない奴は、仲間になりつづけるのは難しい。

個人主義の医局は逆だ。

みんな仕事が終わるとさっさと帰るし、あんまり頼ると嫌われる。
誰もがスタンドアローンで行動できることを求められるから、必要な技術は速く身に付けないと、
置いていかれてしまう。

オンとオフははっきりしている。職場で何か失敗しても、その日が終わるとその失点が持ち越されることは少ない。

医局の空気と、他のスタッフも交えた職場の空気というものも、また違う。

職場の中で人の序列を決めているのは、兵隊の位ではなく噂話のパワーだ。

スタッフ同士の休み時間の噂話のネットワークで、「ハブ」になっている人は誰なのか。
誰をどう認定するのかの決定権を持っているのは誰で、自分は今のところどう見られているのか。
現場のスタッフの中で、誰が疎外されていて、誰が仲たがいしているのか。
影口に乗っかるなら、敵役を誰にするのが一番受けるのか。

空気というものは本当に厄介で、はじめのうちは何が正しくて、何が間違っているのかぜんぜん分からない。
そんなものに振り回されるのは鬱陶しいし、いやだけれどあるものはしかたが無い。
空気に振り回されたくなければ、自分も空気を作る側に回りこむしかない。

##自分の中の商品在庫
いろいろな科を回ってきた。他の人は知らない知識もたくさんあるし、
得意な手技もいくつかある。当然苦手なものも多いし、出来ないこともまだまだたくさんある。

自分を把握するということは、多分結構大事だ。

新しい職場に入るときに、自分の中の知識のうち、どれがそのまま持ち越し可能で、
どの知識を変更しなくてはならないのか。自分の「売り」にできるのはどんなことで、
逆に弱点になるのはどんな部分か。

自分の場合、たとえば輸液の調整がちょっと得意で、抗生物質の使いかたや人工呼吸器の
使いかたは、前の病棟ではよく口を出していた。循環器の知識は一応豊富。
心カテはできる。下手だけど、心エコーも一応できる。「在庫」はこんなところだ。

ICUに入ると、こうした在庫の値札が全く変わる。