10年前に主流だった強心薬と利尿薬。今では「**できれば用いないほうがよい**」薬になってしまった。

最近の治療はどれも効く。心不全の人にこうした薬を使うと本当に元気になるし、
10年前に比べると、心不全の急性増悪で
夜中に入院する人は本当に少なくなった。それなのに、10年前までは誰も気が付けなかった。

実際のところ、10年前の時点でも、偶然に「正しい」治療を受けている人は多かった。
高血圧に心不全を合併している人は
珍しくなかったし、ACE阻害薬などは効果のわりに薬価が高いから、
開業医で処方されている人は多かった。

そんな人が心不全が悪くなって大きな病院に入院すると、開業の先生の処方は中断。
入院後は当時の「正しい」心不全処方を施され、退院したらもっと具合が悪くなる。

上手くいっているものから、「なぜそれが上手くいっているのか」を学ぶのは難しい。

失敗から何かを学ぶのが流行っているけれど、失敗から学ぶのは簡単だ。話題が派手だし、
原因を突き止めなければ前に進めない。

成功しているケースからその原因を探すのは、そう簡単には行かない。原因を探すには、
原因と思われるところを変えてみて、物事が上手く行かなくなることを確認しなくてはならない。
上手くいっているものは、変えないのが原則だ。成功しているケースでは、
何が原因で成功しているのかは
推測するしかないから、本当の原因が分からない。

##観察という難しい技能
心不全治療の場合、北欧のグループが論文を書いてから情勢が変わった。

>いつも処方している薬が、実は心不全に画期的に効く薬だった。

そういわれてそういう目で見て見ると、確かにその薬は効いている。今までも同じことをやっていたのに、
いわれて見るまで「効いている」ようには見えなかった。「効くよ」といわれて、初めて世界の見えかたが変わった。

偏見の無い目で世界を見るというのは、本当に難しい。

10年前の当時、教科書や論文で推薦されていた治療は、
10年後の現在では「間違った」治療だ。今も昔も、出回っている薬はほとんど同じ。10年前の時点で、多少の
問題はあるものの、現在のもっとも標準的な心不全治療と同じことはすでにできた。

当時の医師が惰性に流れてサボっていたとは到底思えない。インターネットこそなかったものの、
内科系の論文雑誌はもう100年以上前から定期的に刊行されている。NEJMとかLancetとか、メジャーどころの
論文雑誌はどんな僻地の病院に行っても必ず置いてあったし、みんな読んでいた。

努力は一応してはいる。それでも、指摘をされないと気が付けないことというのは本当に多い。
上手くいっている現状に対して自覚的でありつづけるには、なおいっそうの努力が要るのかも
しれない。

##お金の取れる医者
研修維持代。当時の病院長から言われたことは、「お金の取れる医者になりなさい」ということだった。

民間の病院だったし、言われたときには意味も分からず反発したけれど、今は自分も下級生にこういっている。

お金の取れる医者になるということは、べつに検査を乱発したり、患者さんにこびへつらって
滅茶苦茶な治療をしなさいということではなくて、要は医師-患者間のコミュニケーションを
しっかりできる医者になるということだ。