「○○病院で内紛があって、医者がみんな辞めたらしい」

なんだかんだいわれても、病院の中には医者がいないと病院は機能しない。
医者がいなくなって、病院が機能しなくなっても中には患者さんがいる。
「医者がいなくなりました。退院してください」は許されないので、
何かあるたびに、よくこういう病院へ応援に飛ばされた。

最初の頃は、副院長とローテーションの研修医。
年次が上になって、そのうち一人でいきなり飛ばされたり、
あるいは研修医と一緒に派遣されたり。

行く時は大変だ。

どんな状況なのかの前情報はほとんど無い。機械だって点滴だって、使い慣れたものは使えない。
じっくり腰を据えて何かやるなんてもちろんできない。

昔はよくトラブったけれど、何度も飛ばされているうちにだんだん慣れた。

##始めにやるのは火消し
医者がいなくなっても、その病院の「流儀」というものは病棟に根強く残っている。

受け入れ先の病院が求めているのは「現状の維持と回復」であって、「改革」ではない。

応援にいった医者がよくやるのは、「あの病院はやり方がまずかったからこうなった。
当院の「正しい」やりかたを伝授してやろう」と考えることだ。

家が火事になったとき、まずやらなくてはならないのは火を消すことだ。

原因追求、責任者を叱ることは後でもできるけど、「火」は今消さないと、家は全焼するし、
最悪自分だって死ぬかもしれない。

失敗した病院にまず必要なのは、一刻も早く日常を回復させることだ。
こちらから「正しい」やりかたを持ち込んでも、反発されるだけで上手くいかない。

##「異常無し」だけは徹底してもらう
どうせ40人とか50人とか、回診すら満足にできない人数を受け持たなくてはならないので、
一人で全員を見まわるのは絶対にできない。

研修いがいるときは研修医、そうでないときは病棟スタッフの協力というのは
欠かせないのだが、そういうチームの体制すらもすり合わせる時間は無い。

こんなときに気を付けてもらっていたのは、異常が無かった患者さんであっても
「○○さんは異常がありませんでした」と報告してもらうことだ。

応援に来ているときは、外来中は病棟のことはすっかり忘れ、病棟を見ているときは
外来のことなど忘れている。安定している人の報告が無いとき、その人はもはや
「いない人」になってしまい、気がついたら何もせずに5日間が経っていた…などということが
本当におきる。

受け入れ先の病棟スタッフに、「目の前のこいつ(自分のこと)の記憶は一切信用しない」
ということを徹底してもらうと、外来や病棟、救急といったそれぞれの状況にあたる際、
自分のリソースを「その場」にすべてつぎ込むことができ、何とか病院を回せる。

##その場をしのぐのに全力を尽くす
忙しい病院では、一人の患者さんについて「2度目」は無いので、
できることはその場で全部やる。

熱が出たらその場で血液培養とって抗生物質、呼吸不全になったら
様子を見ないでとりあえず呼吸器準備、頭痛が来たら(ほぼ)全例CT。

治療の効率は悪い。医療経済的にも正しい方法ではないし、医学的にもベストからは程遠い。
それでもこうする。

忙しくて医者が自分しかいないような状況では、一番に優先すべきは
自分の頭のメモリを最大限に空にしておくことだ。

一人を経過観察すると、その人の問題がいつまでも頭のリソースを占拠する。
外来で1日に診察する人が50人ぐらい、様子を見る人を増やせば増やすほど、
頭の中には小さなタスクが同時に進行する状態になる。

ミスは増える。頭のOSはそんなによくできていないので、一つのタスクがうまくいかなくなると、
しばしばカーネルを巻き込んで落ちてしまう。様子を見ていた複数の患者さんは放置され、
最悪ミスが連鎖する。

誰かに助けを求められない状況では、一度にやる仕事は一つづつ。経過を見る人、長い目で
診察しなくてはならない人を診るときには、カルテに「未来の自分へのメッセージ」を書いておき、
次の瞬間その患者さんのことは忘れるようにする。

##最後に帳尻あわせ
応援先で場当たり的なことをやっていると、「なんとなく入院、なんとなく退院」になってしまうケースはよくある。

食欲不振で入院して、ダラダラ点滴して退院とか。原因不明の頭痛で入院して、
よく分からないけどおさまったから退院とか。

実際それでも治るものは治っているし、急変を作らないで小人数で急場をしのげたならば、
応援に来た医者としては十分仕事をしているのだが、問題なのは引継ぎのときだ。

その場をしのぐのに、全力を挙げてきた医者と、もっと「正しい」成長のしかたをしてきた医者。
お互いの分化の衝突がおきるのは、その施設から、もっとちゃんと動いている病院に患者を紹介したり、
急場をしのげて「正式な」医師が新たに赴任してきたときだ。

どんな形であれ、衝突という現象は、おきなければおきないほうがいい。

相手の医師が、急場をしのぐことの大変さを知っている人であれば話は簡単。

>「大変でしたね…。後は我々で。」

これで話は通るし、お互い不愉快な衝突無く、引継ぎは終了してしまう。

困るのは、そうでないときだ。