大学になると、自治会室にはリコーのリソグラフ。何故か業務用のコピー機が自宅にあった

表現のための道具は劇的に進歩した。
けれど、基本的な戦略は、ガリ版時代と一緒。

「発信」の手段が以前から変わらなかったからだ。

文章を作っても、それを発信する手段は、郵便と手渡し。

大学の卒業寸前。表現の技術の進歩がプラトーに達した頃、
「発信の技術のイノベーション」が始まった。

##WEB 1.0のはじまり
パソコン通信からインターネットへ。

情報は電子化されて、誰でも自由に発信できるようになった。
いい情報を発信した人のサイトには、多くの人が集まる。コミュニティは賑わい、
ときに炎上したり、バトルになったり。

作者のサイトには、様々な意見が集まった。議論はときに数ヶ月に及んだ。
反対意見や、それに対する反論。過去ログについていけずに挫折する奴。
そんなもの読まずに参戦して、古参から「**半年ROMれ**」と一蹴される奴。

信者だろうがアンチだろうが、にぎわっているサイトには、多くの人が集まり、
いい情報が集まった。

情報は、そこに集ったみんなの意見でだんだんと形を変え、
確実に「いいもの」へと変貌していった。

##そしてWEB 2.0
blog 全盛時代のイノベーションというのは、発信された情報が**一人歩き**する手段を得たことだ。

情報を評価する人達の横のつながりは強化された。blog に発信された情報は、
すぐにいろいろなサイトで言及され、元の作者の知らない場所で議論が始まる。

従来ならば、情報の発信者は自分のサイトの周辺だけ追っかけていれば良かった。
誤解があれば訂正できたし、議論のフィードバックは全て作者の糧になった。

今は違う。発信された情報というものは、基本的にはWEB全体で消費されるものだ。

情報は一人歩きする。それを書いたのが誰なのかは、もはや関係ない。
議論の期間も短くなった。少し前なら数ヶ月。今は、長くもって5日。

議論は一瞬でいろいろなところで始まり、すぐに結論が出て、終わってしまう。

作者がようやく全貌を把握できた頃には、
もう誰もそんな話題があったことなんか忘れている。改善の機会は与えられない。