もう一つはもっと細かいこと。食事を柔らかくしてほしいとか、下剤や眠剤がほしいとか、生き死にに関係ないもの。

病棟をトラブルなく回すために大切で、メモを取って覚えておかないといけないのは、後者の情報。
病気に関する重大なことというのは、メモを取らなくても大丈夫。

##頭の中にフォルダを作る
病棟で患者さんをフォローするときには、患者さんの顔と、
その病名とを関連付けた「フォルダ」を作って、
診察したことや話したことは全部そこに放り込む。

フォルダの「ラベル」に相当するのは、患者さんの名前でなくて、病気の種類。

一般内科なら、「脳梗塞誤嚥性肺炎」とか、「食道静脈瘤破裂の人」とか、
「原因不明の貧血と黄疸」とか、
患者さんの病名や、問題点をラベルにする。

循環器病棟みたいな専門科だと、「ラベル名」が狭心症とか心筋梗塞ばかりになってしまうから、
「カテ中に心停止して往生した患者」とか、
「LADにステント放り込もうとしたけど引っかかって行かなかった人」とか、
細かい経過でラベルをつける。

診察した時のことを全部「フォルダ」に放り込んだら、その後はさっさと忘れる。

患者さんの顔を見たときか、あるいは病名を書いてあるカルテを見たとき、
頭の奥からこのフォルダが引っ張り出されて、けっこう細かいことまで思い出せる。

##患者さんは病名でラベルする
病名以外のラベルは役に立たない。

患者さんの名前なんか、覚えていてもしょうがない。

息子がやたら太ってるとか、
内縁の妻がいるとか。
そういうラベルも面白いんだけど、医療記憶の役には立たない。

フォルダの「ラベル」というのは、**その人の病気の流れを思い出すきっかけになる言葉**だ。

自分は人の名前を覚えるのが苦手で、また場所を覚えるのが苦手。

「○○号室の××さんが…」と言われても全く分からないけれど、
ベッドサイドに行ってその人の顔を見ると、「フォルダ名」を思い出す。

このフォルダ名をきっかけにして、必要な情報を自分の頭から引っ張り出す。

このとき、患者さんの顔と関連付けられたフォルダ名が「**内縁の妻がいるおっさん**」なんかだと、
病気に関連したことを思い出せない。

##頭はいつも空にする
前の「フォルダ」の話と矛盾するようだけれど、
一人の診察が終わったら、意識して「頭を空にする」ように
心がけている。

意識の隅に20人分もの「フォルダ」の存在をおいておくと、目の前の患者さんとの会話に
集中できないし、常に頭がもやもやして気持ち悪い。

自分で「忘れた」つもりになっていても、「フォルダ名」と「患者さんの顔」の関連付けは、
意識のうんと奥のほうに必ず残っている。たまに忘れるけど、そこは自分を信じる。

頭の中の「**ワーキングメモリー**」の大きさというのは想像以上に小さくて、
「あれをやらなきゃ」という小さな記憶も、少し貯まると頭の働きを圧迫する。

一般に、仕事の能率が高い人は、たくさんのことを暗記して、
たくさんの仕事の優先順位を脳の中で統括していると考えられているけれど、
実際にはその逆だという。むしろ、仕事ができる人ほど頭の中は常に空っぽで、
余計な情報を溜めないからこそ創造的に働けるのだという。

##記憶はできるだけ外部化する
患者さんの名前とか、部屋番号とかは覚える必要はない。

こうした記憶は外部に置ける。ベッドサイドには患者名が張ってあるし、
廊下に「自分の色」のテープを張っておけば、
患者さんの場所を覚える必要はなくなる。

同じ回診をするのでも、「○○号室の××さんに会いに行く」のと、
「なんとなく病棟をさまよって、そこに自分の患者さんがいたのを思い出す」のとでは、
頭の負荷が全く違う。

医者と患者。立場は違えど、頭の中は徘徊老人といい勝負。時々、回診を忘れたりする。

###実際の業務の回しかた

##ナースルームからベッドサイドまで
朝の回診前には、ナースルームに寄って、前日の患者さんの具合を把握する。

患者さんとの話題を作るためだ。

患者さんとの会話の中で、「**私はあなたのことを把握しています**」というメッセージを出せると、
信頼関係を構築するのがより簡単になる。

だから、朝のナースルームで情報を把握しておくと、そのあとの患者さんとの会話が弾む。

これは大切な行為なのだけれど、これを止めるだけで10分近く節約できるし、
メモをとったり、何かを覚えたりといった頭の負荷をゼロにできる。

ナースルームに立ち寄るのを止める代わりに、患者さんの情報は病室で得る。