点滴が増えていれば、たぶん当直時間帯に何かおきている

こんな程度のことが分かるだけでも、朝の会話の「**ネタ**」は十分。
本当に「生きる、死ぬ」にかかわる情報は、
医者が黙っていても病棟ナースが突っ込んでくれるから、大丈夫。

部長級の医師は、離れたところから診察をするのが上手だ。

10mぐらい離れたところからワレンベルグ症候群
(延髄の脳梗塞)を診断したり(額の光りかたが左右で微妙に違うんだとか…)、
患者さんの腹の押さえかたで大動脈瘤を診断したり。ほとんど**大道芸**。

これもまた、「朝のナースルーム」をパスするための工夫の果てなんじゃないかと思う。

##ベッドサイドでの患者さんとの会話
患者さんの病名や問題点をメモにして持ち歩いているレジデントがいるけれど、
止めたほうがいいと思う。大変なだけだし、1日に10人も患者さんが入るところでは、
それでは通用しない。

慣れてくると、患者さんの顔を見るだけで、いろいろなことを思い出せる。
その代わり、名前を見ても何も浮かばないけれど。

大事なのは、その人の主訴とか、治療のテーマとかをはっきりと決めておくこと。

それをやっておかないと、「あなた誰でしたっけ?」になってしまう。
食欲不振とか、なんとなく元気がないから一応入院といった人は、
だからものすごく思い出しにくい。

そうした「記憶の取っ掛かり」がしっかりできた患者さんなら、あとは自分の潜在能力を信じて、
患者さんのことはすっかり忘れてしまっても何とかなる。

##「御用聞き」の工夫
治療の流れにそった「主流の」お話は覚えられるので、その場で聞くだけ聞いてメモはとらない。

カルテを書くときにはまず必ず思い出せるから、自分を信じてそのときは忘れる。
治療にかかわることなら医者は専門家なので、忘れたところでいくらでも言い繕えるし。

メモを取るのは、もっと「傍流」の訴えのほうだ。

>眠剤が欲しいとか、食事をあっさりしたものに変えて欲しいとか。

忘れてトラブルになるのは
むしろこっちの方で、しかも病気の大きな流れから外れているから、
メモを取らないと絶対に忘れてしまう。今はここだけ palm を使ってる。

一人回ってメモを取ったら、それまでのことは全部忘れて、次の人のもとへ行く。

意識は常に空っぽにしておいたほうが、次の人との話に集中できる。
本当に大事なことはカルテを見たとき思い出せるから、そこは自分の脳を信じる。

##ナースルームでのカルテ書き
ナースルームに帰ったら、なるべく速くカルテを書く。

頭の中の「記憶のフォルダ」は、患者さんの病名と顔写真から検索できるから、
カルテの病名を見ると、その人の記憶を引っ張り出せる。

病気は時間軸で進行するから、慣れてくれば病気の「流れ」みたいなものが自然に身につく。

カルテに書かれるのは、「ありのままの事実」でなくて、「**思い出された物語**」だ。

身についた「典型的なその病気の流れ」というものができていると、
極端な話その人の10日先のカルテだって書ける。

その流れの中に、
たった今ベッドサイドから持って来た「**差分情報**」を合計すると、カルテが書ける。

覚えるのを差分情報だけにできると、20人ぐらいまでならけっこう何とかなる。

一番問題なのは、ナースルームの中で静かな環境を作るのが難しいこと。

スタッフとの約束や会話。様々な病気の治療の相談。ナースからの伝言。
いろいろな情報が飛び交う中で、
いつ鳴るのか分からないPHSを握り締めながら仕事をするのはけっこう苦痛で、
何とかしたいのだけれど、いまだにどうにもできない。

##カルテには未来の自分へのメッセージを書く
カルテを書くというのは、「病気の流れ」が想定どおりに進んでいるのかを
確認する作業でもある。

カルテには、病気の「本流」の話を主に記載するのだけれど、書いているうちに
「あれもやりたい」「これもやっておこう」といった「支流」の発想がどんどん出てくる。

この発想を記憶してはいけない。必ずメモにする。

温度板や検査、記載したカルテを見て、あれをやろうとか、
これもそのうち調べようと思ったら、思った瞬間に
「いつかこれをやる」とカルテに書いておく。

「本流」の記憶は再生可能だけれど、
「支流」の記憶というのは、そこを通り過ぎた瞬間に再生不能になってしまう。

「あとでやっておこう」と思ったことは、文字にして実体化しておかないと、
次に問題が大きくなるときまで絶対に思い出せない。

###病棟でやる GTD メソッド
上記の元ネタになっているのは、[GTD メソッド](http://air.geo.tsukuba.ac.jp/~eddie/2005/05/26/58.html)という方法論。

これは、頭の中をなるべく空っぽに保って、
より快適に仕事をするためのやりかた。[最近また本が出た](http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893613332/29mantheradic-22/249-2406809-7850762)。

基本的な方針は、以下の3つ。

1. 頭の中の情報は全てリスト化して、なるべく速く外に吐き出す
2. リストにした情報それぞれについて、「どう処理するのか」を決めるシステムを作る
3. リストを空にするための、定期的なレビューの習慣を作る

発案者の人の本の中では、全ての情報をとりあえず放り込んでおく「In Box」、
ファイリングフォルダーを 43 個用意して、それぞれのフォルダーに未来の日程を割り当てる
「Tickler File」といった方法が提案されている。両方やったけど、あんまりうまくいかなかった。

それでも、「頭をなるべく空っぽに」という基本方針は、とても優れていると思うし、
最近はなるべくそうするように心がけている。

残念ながら、心がすっきりしたとか、生産性が飛躍的に上がったということは
ないけれど、メモを取らなくてもそんなに致命的なミスはないし、
少なくともメモしない分、効率は上がる。

脳のメモリーを空けて、空いた時間を作ったあとにやることは一つ。

もっと多くの患者さんを診ることだ**。