ネットワークが置かれている環境自体に手を加えて、各ノードが分離するようなルールをつくる

たとえばミルクコーヒーというネットワーク。コーヒーの分子と、ミルクの分子という2種類の
ノードが、お湯に溶けた分子間の関係を維持して混在している。

これを「コーヒー」と「ミルク」とに分離させようと思ったら、2つのやりかたがある。

1分子ごとに気合で分別して、2つを強引に分離してしまうのは、ノードに注目したやりかた。
温度変化や重力といった、2つの物質の差を際立たせる環境を導入するのは、ノード間の関係に注目するやりかただ。

どちらの方法が優れているのかは、ノード間の関係の強さに依存している。

ノード相互の関係性が非常に弱い場合、たとえばお湯に溶く前のコーヒー粉末と、
粉ミルクの状態であれば、
ピンセットとルーペ片手に完全な分離が可能になるし、分離したものはそのまま混ざることはない。

ノード間の関係が強い場合、コーヒーとミルクをよく混ぜて、お湯に溶いてしまったあとなら、
何か別の方法を考えたほうが速い。カップの中の分子の分離に成功したとしても、
10分もすればまた混ざってしまうだろう。

##マクスウェルの魔物
上手な医師と、そうでない医師。

2種類の医師というのは、今の世界では区別されず、混在した状態で仕事をしている。

人は誰もが単独では存在し得ず、社会を作る。人の作るネットワーク環境では、
各ノード間の関係は非常に強い。

医師も同様。誰かが「上手い」と査定されたら、回りの誰かは「俺もだ」と思うかもしれないし、
他の誰かは「なんであいつが?」と思うかもしれない。

ネットワークという環境では、各ノードに作用した力は、必ず周囲に波及する。

混在したノードを区別するためのエネルギーは、ネットワークという系
自体をも変化させてしまう。

「医師を区別したい」という個々のノードに対する欲求と、「医療費を抑えたい」という
ネットワーク全体に対する欲求とは両立させるのは難しい。

何らかの方法で医師を査定することは、原理的には可能。

ところが、それが医者のやる気を引き出して、
ひいては医療費抑制につながるのか。その予測はほとんど不可能で、
たぶん厚生省の思惑どおりにはならないだろう。

おまけにこの方法は、「悪役」が誰なのか一目瞭然。

査定される医師からは、「魔物」の姿が見えるから、
査定される恨みの持っていき場所ははっきりしている。

業界の雰囲気だけは確実に悪くなるだろう。

##ノード間の関係に注目するやりかた
医者全員を試験にかけなくても、「上手な医者」と「そうでない医者」とを区別する方法がある。

この方法は、医師一人一人を査定しているわけではないから完全ではないけれど、
できる医師のやる気をそこそこ引き出して、医療費を抑制するという結果自体は
コントロールしやすい。

ルールは簡単。

1. 医師は全員、診療報酬を1ポイントずつ削られ、それを自分が「この人は仕事ができる」と
考える誰かに投票しなくてはならない
2. 投票自体は匿名で、誰が誰に投票したのかは厚生省しか分からない
3. 自分に投票するのはダメ
4. もらったポイントに比例して、診療報酬が上乗せされる

要は「できる医師」を、医者同士に互選させるだけ。

このやり方は、「友達の少ない名医」は損するだろうけれど、たいていの場合は上手くいく気がする。

##考えられる攻略方法
まず、医師は全員1ポイント分だけ診療報酬が減らされるから、ポイントを上手く配分しないと
損失はとり返せない。

普通に考えられるのは、一番忙しい医師に、全ポイントを集中すること。

民間病院なら、たとえば病院内で一番症例数の多い外科医に「エースナンバー」を与えて、
院内の医師全てのポイントを一人に集中させるとか、
あるいは外来が一番込んでいる消化器内科にポイントを割り振って、診療報酬の
減額分を内視鏡の症例を増やして取り戻すとか。

大学のようなところなら、偉い先生に多くのポイントが集まるかもしれない。

ところが、あまり医療行為をやらない医師にポイントを集中すると、
病院はそれだけ損をする。ポイントを誰かに集めたならば、その人に一生懸命第一線で働いて
もらわないといけないから、結局は「偉い先生」にかかれる機会が増えるだろう。

いずれにしても、働くのは経済原理だから、「働く医者」にポイントが集中しないと、
病院としては損をする。働く医者、患者さんが多くついている医者というのは、
かなりな確率で上手い医者だから、このシステムは上手くいく。

単純なルールだから、当然「穴」はある。

たとえば、1日に20人近くの手術をする眼科の先生がエースナンバーをもらったりするのは、
なんとなくずるい気がする。このあたりは、「禁じ手」を個別に作って対応できるだろう。

##ルールの結果得られるもの
医師の査定を通して、得たい結果というのは2つ。