Sat, Jun 16

  • 13:42  誰かの功績で成功を選択するよりも、みんなの総意で沈没することのほうが望ましいとか、明示的なリーダーが決まっていてもなお、会議室の空気は連帯責任を容認するとか、無能に見える組織の中の人たちは、むしろ緩くて居心地のいい空気だったりもする
  • 13:44  「政治家が馬鹿に見えるのは、政治家が馬鹿であることで得をする誰かがいるからなのだ」という言説は、やっぱり超人たる黒幕を想定している時点で違うんじゃないかと思う。その先にある得を得るために今だけ馬鹿を演じる機会はあるだろうけれど、それはたぶん長続きしない
  • 13:46  何かの横車を押すために、一瞬だけ無能を演じて見せることは、処世術としてはたぶんよくある。常に賢しげでいることは、むしろ人間関係を悪くする。でも「常に馬鹿であること」が何らかの利得に繋がる可能性は低いし、大抵の人はそれに耐えられない
  • 13:56  病院のテレビを見ていると、これを作ったメーカーの人達は、もうTVを見る習慣を持っていないんじゃなかろうか、と思うことがある。画面こそ、昔のテレビに比べれば綺麗なのだけれど、番組を換えるときの「間」みたいなものが、やっぱり致命的に使い勝手を落としている気がする
  • 13:58  チャンネル争いなんて言葉が居間に残っていた大昔、アナログのチャンネルをガチャガチャやるのが争いたる根拠だった。で、今の地デジテレビは、「ガチャガチャ」の速度でチャンネルを変えられない。あれを居間においたって争いは起きず、だったら今の子供はPCの前に座る。あるいはゲーム
  • 13:59  格闘ゲームを引くまでもなく、反応速度って気持ちよさの根っこであって、気持ちよくないものからは人が離れる。ゲームがたとえば、ボタンを押してから反応するまで1秒かかったら、もう誰も遊べない。地デジテレビはそんなところがあって、あれは「見る」人のことを想定しつつ、「遊ぶ」人を切り捨てた
  • 14:00  「見る」人って少ないのではないかと思う。漠然と「何か」を求め、テレビを付けて、チャンネルをガチャガチャやって、面白そうなのを眺める。ガチャガチャが気持よくなかったら、他の選択肢があったらそっちにいく。見るの前までたどり着けない
  • 14:01  うちで使っているのはPCのチューナーボードで、あれだとテレビは、番組表からクリックして見ることになる。「ガチャガチャ」の工程はそもそもありえず、テレビもネットと同じく「見る」ものから「引く」ものになった。
  • 14:02  PCのテレビは、あれはそれでも正解ではないのだと思う。なんとなく時間をつぶす、その「なんとなく」の覇者であったテレビと、ひたすら便利なPCのチューナーボードとは、機能は同じでも立ち位置が違う。
  • 14:03  うちにはもうテレビがなくて、病棟のテレビを時々触る程度のことでしかないのだけれど、あれを売ろうなんて考えたとき、どうしてメーカーのエンジニアの人達は「待った」をかけなかったんだろう。
  • 14:33  http://t.co/5PjTnx7M モーリー・ロバートソンが考える「運動論」 賛同者を増やそうとして「声」を大きくするほどに、声は内向きに、賛同者は離れ、ならばともっと声高に叫んだら、賛同者がますます減っていく。じゃあどうすればうまくいくのか?
  • 14:38  @keisuke0528 ハサミみたいな素朴な機械になると、力を入れてから刃が動くまでのラグはゼロですもんね。。ああいうのを大事にしない機械は、道具にはなれないんだと思うのです  [in reply to keisuke0528]
  • 14:44  同じ部屋の中にあっても、「機械」はどこか他人で、「道具」は自分の延長、というイメージがある。シャープペンシルやハサミを機械だと思う人はいない。昔の携帯電話は道具であった気がする。当時のテレビも。昔のPCは機械で、最近のは道具。地デジは道具であることをやめてしまった気がする
  • 14:45  「その人の延長線上にいること」って、たぶん商品としてはとても大事なことなんだと思う。乗用車はそういう意味で、昔は明らかに機械であって、ここ10年ぐらいで道具になった。それは大きな価値で、じゃあ画面が綺麗になったことは、道具であることを手放すのに足りる価値であったのかどうか
  • 14:48  「機能」と「ピーク性能」と「反応速度」とがあって、道具はたいてい、機能は少なく、ピーク性能は求められず、反応速度は恐ろしく速い。冷蔵庫の扉を開ければ中身に手が届く、ああいうのも反応速度であって。あれにパスワードを要求したら、冷蔵庫は道具から機械になる。
  • 14:50  ある機械が「何かを期待されなくなった」のだとしたら、それは賛辞なんだと思う。気持ちがいいことが当然になって、その機械は道具になったわけで。機械は性能や機能で盛り上がる。話題になる。道具はそういう意味で、あって当然で期待されない。
  • 14:52  機械の性能や信頼性が向上して、それが当然になって「道具」視される、その中間部分に、商品としての大成功があるんだと思う。それが完全に道具に回ると、あって当然だからどれでもよくなって、エンジニアは不遇になり、デザイナーだけが気を吐くようになる。
  • 15:20  @sarustar 「それが道具としてある生活スタイル」を提案できれば、そのスタイルに欠かせない「それ」に、必然が生まれるのでしょうね。。  [in reply to sarustar]
  • 15:21  @kanta_san 「使う」ことが違法かもしれないものを買うのって、もうその時点でなにか間違ってますもんね。。  [in reply to kanta_san]
  • 17:08  G.A.W のblog が消えてる。。同じ中の人が書いておられた他のblogも .
  • 19:43  http://t.co/dkudG3Nu
  • 21:13  ゆれ
  • 21:34  http://t.co/vw8qiEQY
  • 21:35  http://t.co/nxBYyzC9
  • 22:20  「蝉丸Pのつれづれ仏教講座」が面白かった。いろいろ腑に落ちたというか、とても丁寧に作られている本だな、という印象。
  • 22:21  @jingi469 もうこれぐらいしか読める文章が残っていないというのが、本当に残念だなと  [in reply to jingi469]
  • 22:25  その分野について分かっている人が書いている文章というのは、強弁するところがなく、フラットな印象を受ける。自分で書いていて、どうしても分からない、詳しくない場所というのはあって、そんな場所は文章の調子が変わる
  • 22:27  そこは知らなかった、不得手だった、調べようなんて思える場所は、不得手でも何でもない。調べて、むしろそこを詳しく書きたくなったりもする。不得意分野というのは、そこが不得意だと知っているにもかかわらず、不思議と生理的に受け付けない分野であって
  • 22:30  NHKはそろそろ、宇宙の渚というあのネーミングは失敗だったと総括してもらえないもんだろうか。。せっかくの貴重で素晴らしい映像が、収まりの悪いあの一言が番組中で何度も繰り返された結果、変に陳腐で押しつけがましい、道徳っぽく宇宙っぽくない何かに見えてしまう

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