一般内科というしごと

いろいろな科の医者がいる中で、一般内科医という職種は車でいうと軽トラックのような存在です。F1マシンのように特定の目的に特化した専門医とは違い、一般内科は汎用性があり、小回りが利き、どんな病院でも活躍できる自由さがあり、そして価格が安い(泣)…。

自分は一般内科医で、またあまり友達がいなかったためなのか一人で地方の病院に飛ばされたことが何回かありました。

一人内科医の生活は結構大変です。外来は当然毎日、受け持ち患者は50人近くになることもあり、当全外来中の病棟バックアップはなし。救急車は来るし、当直もこなさなくてはならないしでストレスはたまり、その日のうちに家に帰れたとしても自宅で酒びたり。だいたい3ヶ月もこうした暮らしをしていると、(主にアルコールによる肝障害で)気分が悪くて本当に投げ出したくなります。

忙しさに比例して患者さんやその家族からのクレームは増え、訴訟リスクは増し、自分の生活時間をすべてなくすのはデフォルトにしてもそれでも患者さんを見る時間はまったく足りません。

24時間から外来の時間、検査の時間、最低限の自分の睡眠時間を引き(食事は幸い、病院内には経管栄養食だけは売るほどあるので何とかなる)、残った時間の中で最低限確保しなくてはならないのは患者さんとその家族への説明の時間です。世の中に頭が空っぽで口は達者な医者と、頭はよくても寡黙な医者の2種類しかいないとしたら、前者のほうが絶対に患者さん受けはよく、たぶん病院内のトラブルも少なくなるはずです。私は前者の医者を目指しました。

土日や休日、夜中にいきなりナースルームに現れて「今どうなっているのか教えてください」と説明を求める家族にちらっとでもいやな顔をしようものなら、大変なことになります。また、そうした人たちに今の時間に来ることがいかに間違っているか、たとえ1時間かけてお話ししたとしても、家族の怒りに火に油を注ぐだけでしょう。そうしたことをして怒り出さないような家族は、そもそもこちらが対応できないような時間に来たりしません。

限られた時間の中でリップサービスの時間を最大限確保するには後の時間を削るしかありません。患者さんの治療について考える時間と、理学所見を取る時間です。

ベテランのドクターは午前中3時間の間に70人から100人近くの患者さんを診察して涼しい顔をしていますが、あれはあの人たちが特別なオーラをはなって患者さんとの会話を最小限にしているからで、駆け出しの人間が同じまねをしたらお客さんからブン殴られます。

3時間で50人診察をしようと思ったら、文字通り3分診療です。患者さんをコールしてから外来に入ってくるまでが早くて30秒、患者さんとの会話を最大限早口で済ませたころにはもう2分30秒が過ぎ、処方箋とカルテを書くのにも15秒はかかります。15秒間で済ませた聴診と理学所見に信用がおけるでしょうか?だいたいこの間、頭は隣に積まれたカルテの山を低くすることばかり考えていて、病気のことなんか考える余裕はありません。

こんな状況で何とか事故なく外来を終了するには、頭と所見取りの部分をほかの人たちに代わってもらう意外にありません。外来で唯一まっとうにやったことは患者さんのお話しを聞いたことだけ。ここで「危ない」と思ったらとにかく検査にまわし、あとからもう一度話しを聞きなおします。幸い、検査室や放射線部の人たちは、外来の医者の頭が空だということを分かってくれているので、「先生なら見逃すと思って、CTのスライス追加しておきました」とか、「血液生化でGOT上がってますけど、心電図とってもいいですか?」とか、本当に洒落にならない人のフォローをしてくれます。

病棟でも話は同じです。病棟スタッフも医者が頼りにならないと分かっているので、危なそうな患者さんについてはベッドサイドまで引きずってでも連れて行かれますが、そうでないひとは毎日の患者さんの状態を教えてくれるので、ほとんど会話だけで治療方針が決められます。

勢い、医者の仕事は患者さんの話と他のスタッフの入れてくれる情報から処方箋を発行するだけの変換器としての役割だけになり、残った時間をすべて患者さんとその家族へのリップサービスに費やすことができるわけです。

今年のマニュアルは、そんな立場になった医者が書いています。このため理学所見についての記載は大幅に削除され、やたらと検査、検査と検査所見が重視されます。診断のフローチャートもものすごく馬鹿っぽく書いていますが、使っている自分自身がまったくといっていいほど頭を使っていないんだからしかたありません。教科書的な美しい治療には程遠く、野暮ったく不恰好な診断/治療が多くなっていますが、その分致命的な病気を見落とすことは少なく、患者さんの治療後の経過をあまり見なくても、「やりっぱなし」でも事故になる率は低いはずです。実際のところ、研修医のころから「地雷を踏んだらメモ、また地雷を踏んだらメモ」をみんなで繰り返し、自分たちの馬鹿なミスを保護してくれたスタッフドクター共々ぼろぼろになった成果物がこうしたフローチャートなのですが。

EBMに背を向け、コストを無視した野暮で安全な治療というのがこの本が目指すところなのですが、どこまで達成できているでしょうか…。