せん妄の対策

A practical program for preventing delirium in hospitalized elderly patients

せん妄患者の予防と対策のためのガイド。

入院中にせん妄を生じる患者は予想以上に多く、統計により全入院患者の14%から56%と報告されている。特に高齢者の多い病院、手術後の患者、集中治療室といった施設で患者がせん妄を生じる割合は増える傾向にある。

せん妄を生じた患者はそうでない患者に比べて死亡率が上昇する。せん妄患者の死亡率は10%から65%と報告にはばらつきがあるが、同じ病気の重症度であっても、せん妄を生じた患者の死亡率はそうでない患者に比べて2倍以上に達する。

せん妄の発症の仕方には活動性のせん妄と非活動性のせん妄との2種類がある。前者は発見が容易であるが、後者については見逃されていることが多く、これが臨床の現場での印象と統計で報告されるせん妄患者の高い割合との乖離につながっている。

ある報告では、非活動性のせん妄患者のほうが、活動性のせん妄患者に比べて予後が悪いとしている。これは単に発見が遅いというだけではなく、誤嚥や肺塞栓、褥瘡の発生といった合併症の頻度を生じる割合がより高くなるためであるという。

せん妄の発生原因はいくつかの仮説があるが、脳波を取ってみるとせん妄の患者の脳波は全体に徐波化しており、これは皮質活動が全域にわたって抑制されているためだと考えられている。ある研究者は、せん妄状態というのは色々な病気の最終共通経路として脳全体の酸素代謝が抑制された状態であると考えている。また、脳の活動を支配するニューロトランスミッターに関しては、せん妄患者はコリン作動性ニューロンの活動が抑制され、ドーパミン作動性ニューロンの活動が活発になっているという。

せん妄の危険因子には以下のようながある。

痴呆状態がある患者は、やはりせん妄に陥る可能性が高い。電解質異常、特に低Na血症や高Ca血症がある患者でもせん妄を生じうる。また、酸素濃度が低下している患者、特にパルスオキシメーターの普及に伴ないCO2の蓄積を生じる患者が見逃されていることがしばしばある。その他潜在的感染症、糖尿病、副腎不全、甲状腺機能異常といったものでせん妄が引き起こされることがある。

薬剤はせん妄の原因として最も高頻度なものであるが、その中でも特に長時間作用型のベンゾジアゼピン、メペリジン、H2ブロッカー、アトロピン、ステロイドといったものに注意が必要である。

せん妄は容易に見逃される。

せん妄の見逃しを防ぐために、The confusion assessment method が考案されたがこの方法で感度94%、特異度90%以上でせん妄患者を発見することができるという。他の方法としてはdigit span test(3-6-2などと任意の数字の順序を復唱してもらい、短期記憶の評価をするテスト)の有効性が報告されており、これは痴呆の患者でもある程度保たれているにもかかわらず、せん妄の患者では困難になることを利用している。

せん妄の患者に薬物を用いるのは極力避けなくては成らない。薬物療法以外に推薦されている方法として、5分間患者の背中をさする、暖かいカフェインの入っていない飲み物を飲んでもらう、リラックスできる音楽をかけるといった方法が紹介され、その有効率は74%に達したという。

ハロペリドールによる沈静は最終手段として考慮する。ハロペリドールは0.5mgずつ経口するか、筋注するかで用いる。静注した場合は半減期が短すぎ、せん妄の治療に用いるには不足になる。鎮静効果は30分おきに評価し、薬物の追加を行うかどうかを判断するが、ハロペリドールは5mg/24時間以上用いてもそれ以上の効果が期待できない。これはハロペリドールを5mg投与した場合、脳内のD2レセプターは24時間後でも90%近く抑制されていたという観察にもとづくもので、5mg以上を用いても副作用を多くするだけなので、他の方法を考えなくてはならない。

今は余裕のある施設にいるのでせん妄の患者は少なくなったが、以前はもう夜間は動物園の様相を呈することもめずらしくなかった。実際問題、救急患者を多くとる日本の救急病院では夜勤帯の人数も限られ、「5分背中をさする」時間などどうやっても作れそうに無い。

欧米のせん妄の対策を読むに連れ、日本とは根本的に人的な余裕が違うなあとうらやましくなる。忙しい病院でできるせん妄対策など、ラインをとってコントミン静注、呼吸が止まらないように3分だけ観察するのがせいぜいだろう。

The confusion assessment method diagnostic algorithm
 
Feature 1.急性発症で変化する経過
この特徴は患者の家族や看護婦さんから得られ、以下の条件を満たす。1)患 者のベースラインの精神状態から急激な変化が見られるか?2)患者の異常行動は日 内変動が有り、消失したり、症状の増減が見られるか?
 
Feature 2.注意力散漫
この特徴は以下の条件を満たす。1)集中することができず、注意をすぐに他 方に向ける、会話に一連性がない。
 
Feature 3.支離滅裂な思考
この特徴は以下の条件を満たす。1)とりとめが無く不遜な会話、不明瞭で論 理的でない考え、突然の話題の変化などの支離滅裂な思考。
 
Feature 4.意識レベルの変化
患者の意識上レベルの評価は?1)清明(正常) 2)覚醒(過剰な覚醒) 3)嗜眠(眠 気あるがすぐに覚醒) 4)昏迷(覚醒困難) 5)昏睡
 
せん妄状態はfeature 1と2を満たし、feature 3か4が見られる。
 
The confusion assessment method instrument
急性発症か?
1.患者の元の状態から現在の精神状態の変化は急激に起きたのか?
注意力散漫?
2.A.患者は集中することが困難か?例えばすぐに散漫になったり、会話の内容が一連性がない。
1)一度もない 2)時に見られるが軽度である 3)時に見られ著明である 4)不明
B.(もし異常があるなら)インタビューの間、出現したり消えたり、また、増強したり改善した り変化するのか? 1)はい 2)いいえ 3)不明 4)あてはまらない
C.(もし異常があるなら)どのような行動か?(記述すること)
支離滅裂な思考は?
3.モとりとめが無く的外れな会話、意味不明で筋の通らない考えや話題が突拍子もなく変わるモなどの支離滅裂な思考か?
意識レベルの変化?
4.全体的にこの患者の意識レベルをどのように評価するか?
1)清明(正常) 2)覚醒(過剰な覚醒、周囲への過剰な反応、興奮しやすい) 3)嗜眠(眠気があるが すぐに覚醒する) 4)昏迷(覚醒困難) 5)昏睡(覚醒せず) 6)不明
失見当識
5.失見当識がある。(病院かどうかわからない、寝床を間違う、日時がわからない)
記憶の障害
6.何らかの記憶力の障害を示す。(入院中に起こったことや支持された事を記憶することが困 難)
知覚障害
7.何らかの知覚障害がある。(例えば幻覚、錯覚、誤解)
精神運動興奮
8.パート1
異常な運動興奮。(例えば落ち着き無さ(多動行動)、ベッドシーツをはぎ取る、 指を鳴らす、姿勢が落ち着かない)
精神運動抑制
8.パート2
意欲がない。(例えば行動が遅く、空間を凝視、長時間同一姿勢を取る)
睡眠-覚醒サイクルの変化
9.睡眠-覚醒サイクルの障害が有り、日中の眠気、夜間の不眠