フェニトインによる褥瘡治療

抗けいれん薬であるフェニトインは、長期間の投与で歯肉の増殖の副作用があることが知られている。

この作用は、病理学的には膠原線維と線維芽細胞の増加によるものといわれているが、このことを利用して、フェニトインを創傷治癒を促進させる薬剤として用いることができないかという試みがある。

フェニトインの薬理作用

フェニトインの本来の作用部位は脳皮質の運動野であるが、この作用を発揮するためのフェニトインの量は、通常1日300mg程度である。

経口摂取を開始してから、大体7〜10日で抗痙攣効果が期待できる血中濃度に達する。このフェニトインの代謝産物が、歯肉の線維芽細胞の増殖を刺激し、その結果歯肉の増殖が生じるといわれている。

歯肉の増殖の副作用は、大体患者の半数で生じ、その発生率には人種差がある。 フェニトインの代謝は、本来は肝臓で生じるが、肝臓以外の細胞、例えば歯肉や皮膚の細胞にも、フェニトインの代謝能力があることが分かってきた。

フェニトインが、特に歯肉の増生を促すのは、フェニトインが血液中以外に唾液中にも移行し、局所の濃度が上昇すること、歯垢がフェニトインを吸収し、リザーバーとしての役割を果たしうることなどが、その理由としてして指摘されている。


歯科領域でのフェニトインの使用

フェニトインの創傷治癒の最初の報告は、1958年の歯科領域の報告であった。

これは、手術前にフェニトインを内服してもらうと歯科口腔領域の手術後の治癒が早まり、さらに歯肉の炎症が減少し、痛みがより少ないというものであった。

この報告を受け、フェニトインはまずは歯科領域で用いられるようになり、全身投与するだけではなく、局所の投与で効果があることが分かってきた。 1970年代には歯科領域で用いるためのフェニトインクリームが市販されている。

皮膚の外傷でのトライアル

フェニトインを外傷で用いたトライアルはまだ少なく、いくつかの小さなトライアルと、ケースレポートが報告されているだけであるが、これらの報告の中で、次のような疾患での効果が報告されている。好ましい効果があったのは、下肢静脈血栓による皮膚潰瘍、褥瘡、糖尿病による下肢壊疽、巨大な膿瘍に伴う膿瘍腔の閉鎖、熱傷、手術後の創傷治癒、そして、皮膚移植後の供皮部位等である。

フェニトインを創傷に用いることで得られたメリットは、以下のようなものであった。

創傷治癒の早期化と、肉芽増殖の早期化

創傷部位の炎症の消滞と、滲出液の減少

組織のバクテリア量の減少

痛みの減少

他の方法に比べての、低いコスト


フェニトインの創部に対する作用

フェニトインを創部に用いたトライアルで、用いた薬剤の量を報告しているものはほとんどない。フェニトインを多く用いても、局所投与を行った場合には全身への吸収がほとんど生じないことも報告されている。

フェニトインの局所吸収は、創面の状態、感染の程度、といったさまざまな因子で影響されるため、どの程度の量を用いるのが最適なのかははっきりしないが、常識的な範囲で使用するぶんには中毒の心配はほとんどなさそうである。


フェニトインの創面に対する薬理作用

創傷治癒は、その過程の中でいろいろな細胞が参加する。代表的なものとしては、ケラチノサイト、線維芽細胞、内皮細胞、そして炎症の際に参加する白血球やリンパ球が、互いに連絡を取り合いながら創傷治癒を行う。

外傷が生じるとまずそこには血餅ができるが、しばらくするとその中にマクロファージや肉芽細胞が入ってくる。これらの細胞は、創面を清潔にするとともにさまざまな成長因子を分泌し、血餅はそのリザーバーとしても作用する。

こうした創面にフェニトインを塗布すると、炎症反応は早期に消退し、滲出液は減少し、創部の浮腫が減少する。さらに、フェニトインは創部のバクテリアの量を減少させる作用もある。フェニトインは黄色ブドウ球菌大腸菌、クレブシエラ、緑膿菌に対して、塗布後7〜10日で抗菌効果が出現する。

この作用は、フェニトインの直接作用なのか、あるいは炎症細胞の活性化を介した間接的な作用なのかははっきりしていない。フェニトインを塗布した創面には、抗体を産生するLangerhans細胞が増殖している、という観察もあるからである。

フェニトインにより治療された創部の生検標本の観察では、通常の治療を行ったものに比べて早期の単球の増殖、線維芽細胞の増殖、コラーゲンの沈着の促進、再上皮化の促進が観察されている。

さらに、フェニトインを用いることで、創部の痛みがより早く減少することが観察されている。この作用はフェニトインの局所麻酔作用によるものといわれ、全身投与のフェニトインも、さまざまな痛みの治療に応用されている。


フェニトイン治療の今後

現在、スプレーで局所に投与するタイプの、皮膚成長因子が市販され、用いられている。こうした薬剤は高価であり、また、市販されてからはまだ日が浅い。

フェニトインは、こうしたものに比べて圧倒的に安価であり、また人体に用いるようになってから、70年近い歴史がある。この治療は安価で、確実に効果が期待できるものとして、もっと用いられてもいいように思う。

昔脳外の病院に勤めていたころ、褥瘡治療に使う薬が限られていて苦労した。フィブラストスプレーなどという文明的なものはもちろん無く、あったのはユーパスタとゲーベンぐらい。

で、脳外の病院だけにアレビアチンの粉末だけは売るほどあったので、水で溶いて褥瘡に塗ってみると気持ちが悪いぐらいに肉芽が上がった。

面白いので他の病院でも試したかったが、みんな気味悪がって賛同してくれる人が誰も居らず、断念。成分的には、フィブラストスプレーのほうがよっぽどやばいものを使っているのに。