臨床研修の勝利者はだれか

巨像も踊る風に。

臨床研修はどういった病院で受けるのがもっとも賢い選択なのか、いろいろなところで議論が沸騰している。議論の流れは、どちらかというと市中病院での研修を選択した学生が勝ち組、大学病院に残った研修医は負け組みといった論調が目立つ。

市中病院は実践的な知識が身について、スタッフも優秀。さまざまなチャンスに恵まれ、効率的な研修ができる。

大学病院は大きく鈍重で、スタッフは官僚的。雑用ばかりさせられ、効率が悪い。

まったくの戯言だ。市中病院の有名なスタッフドクターで、現状の施設で満足しきっている人などいるわけがない。皆チャンスがあればより大きな病院、よりスタッフの多い施設で自分の腕を振るいたいと思っている。

大きいことはいいことだ。規模は力だ。医師は大きな施設、よい検査機器、十分なマンパワーがあってこそより高度な治療、より思い切ったストラテジー、患者の長期予後を考えた治療戦略を選択することができる。

大学病院は、確かに効率が悪い面も多い。市中病院の優秀性を褒め称える人たちは、大きくなりすぎた大学病院はのろまな象のような存在で、そのうち小回りの効く市中病院に淘汰される存在と考えるかもしれない。しかし事実は逆だ。

象が蟻より強いかどうかの問題ではない。その象がうまく踊れるかどうかの問題である。見事なステップを踏んで踊れるのであれば、蟻はダンス・フロアから逃げ出すしかない。

市中病院と大学病院、まともに競争したら最初から勝敗は見えている。現状は、別に市中病院が強くなったわけではなく、単に大学病院がうまく踊れていないだけの問題だ。

大学病院でよい研修を積むためにはコツがいる。組織が非常に大きく、さらにその中をローテーションするために限られた時間の中で得られる経験値はどうしても減少する。主義的なものを習得しようにも、3ヶ月ごとに新しいスタッフドクターと顔合わせをしていてはなかなか覚えるものも覚えられない。この状況のまま一般病院に行った連中と同じような暮らしをしていては、やはり得られるものは少ないかもしれない。

ポイントはいくつかある。

横のつながりを大事にする。大学の組織が研修医にとって効率的なものに変わるには、まだしばらくは時間がかかる。研修の効率を上げるには、お互いの経験を交換し合う必要がある。幸い、大学病院研修医は50人以上の同級生がいる。

研修医どうしで回った科のメモを交換しあう

ネット上の掲示板やWiKiを利用して、お互いの知識や上級医の情報を交換しあう

メーリングリストなどを使ってまわった科のプリント、上司から聞かれた質問の内容を交換する

こうした方法を通じて知識を共有することで、大規模な組織のスケールメリットが生きてくる。実際、Surgical Secrets という外科の本は、こうした研修医が上司から聞かれた質問の答えを交換しているうちに教科書になってしまったものだという。

速く動く。間違えるとしても、動きが遅すぎたためのものより、速すぎたためのものの方がいい。 何か症例をまとめる、紹介状やサマリーを作るといった書類仕事は大組織になるとそれに比例して増える。各科で書式が全く異なるのも効率が悪くなる原因になっているが、これも研修医どうしで雛型を公開しておけばスピードアップにつながる。

ローテーション制度の中では、スタッフと研修医とは常に初対面同士になる。人にはどうしても相性があるので、スタッフドクターもすべての研修医を公平に扱うことなどできるわけが無い。ただ、書類を早く仕上げてくることが研修医の印象を悪くすることは無い。

IVHなどの手技が少ないことだけは、市中病院には勝てないかもしれない。ただ、大事なのはIVHにならないように患者を管理することで、もしも将来難しい穿刺が必要になったならば、市中病院で上手になった連中を携帯電話で呼び出せばすむ。

珍しい病名の患者さんを多く経験できることは、市中病院では絶対にできない。「1回見ただけで何の意味があるの?」と反論されるかもしれないが、日ごろほかほか弁当しか食べたことの無い奴が「フランス料理なんて、本当は大したことが無いんだよ」などと威張ってみても空しいだけだ。

市中病院では「ほか弁」の早食は上手になるかもしれないが、フランス料理をゆっくり食べる楽しみなんて想像もつかないだろう。

本当のところ、どちらの施設で研修をするのが正しいのかなんて誰にも分からない。

自分はといえば、大学卒業後はすぐに市中病院で臨床研修。非常に充実した研修生活をおくらせていただき、その後大学病院へ。

大学では大組織ゆえの矛盾や非効率性に悩みつつも、一般病院での経験を認めていただき、そのまままだ大学に残っている。

大学にも、上で大見得を切ったように大学病院での研修が最も優れた研修になるように努力している人は少なからずいる。必ずしも、全員ではないのだけれど。