高張食塩水による敗血症治療

Hypertonic saline resuscitation in sepsis



敗血症性ショックの初期には末梢の循環が悪化し、血液ガスが正常であっても組織の低酸素血症が生じる。これが引き金になり、炎症性サイトカインの分泌などを介して多臓器不全が進行、死にいたる。

こうした現象を回避するため、敗血症の初期から可能な限り早く末梢への酸素運搬能を回復させる、early-goal-directed therapyが提案され、予後改善の効果を得ている。

敗血症治療は、年を追うごとに早い決断が要求されるようになっている。

伝統的には、心拍出量の増大と血圧の維持のためには大量の生理食塩水の静注が行われてきたが、この治療には問題がある。特に敗血症の場合、肺水腫の合併や間質の浮腫が問題になりやすい。

輸液により血圧を維持するもうひとつの方法論が、高張食塩水を少量静注する方法である。

この方法は、1980年に7.5%食塩水を犬のショックモデルに用いたのが始まりであるが、同じNa量を静注しても、大量の生食よりも少量の高張食塩水を用いたほうが血圧の上昇が早く、またよく維持されたという。

その後いくつか行われた人体でのショックのスタディでは、高張食塩水の効果は一過性のもののため、この効果を維持するためにデキストランやヘスターチと一緒に用いているものが多い。

だいたい、7.5%の食塩濃度のヘスターチを4ml/kg用い(50kgの人で200ml程度)、これを急速静注するという。

人間のスタディでは、高張食塩水の使用により以下のような現象が報告されている.


酸素運搬量、心拍出量の増加。

肺動脈楔入圧の上昇。

Na濃度は一過性に上昇し、24時間で元に戻る。

末梢血管抵抗は、高張食塩水静注直後に一過性に低下する。

高張食塩水が人体に与える影響は、以下のように考えられている。すなわち、細胞内液から細胞外液への水分の移動、心筋収縮力の増加、末梢の内皮細胞の浮腫の軽減、末梢の微小循環の改善、血液希釈による血液粘稠度の低下、そして免疫修飾効果である。

高張食塩水の血圧に与える影響は、非常に速やかであるが一過性のものである。このために今まで余り注目を集めることが無かったが、敗血症患者の場合は早期に血圧を上昇させ、末梢循環を改善させることには大きな意味がある。

高張食塩水が心拍出量を増加させる働きについては、高浸透圧自体の影響、心筋細胞膜表面の膜の安定化、心筋浮腫の改善効果などが理由として考えられている。敗血症性ショックの急性期では、心拍出量が増加しているにもかかわらず心筋収縮力は低下している。高張食塩水はこうした時期であっても心筋収縮力を上昇させるため、敗血症治療に有効である可能性がある。

敗血症性ショックの急性期には、血管内脾細胞は浮腫を生じ、毛細血管レベルでの循環を悪化させる。このため末梢の低酸素血症が生じてしまうが、高張食塩水はこの内皮細胞の浮腫を低減させる。この投与により、内皮細胞の容積は20%ほど低下し、微小循環が改善するという。

高張食塩水はまた、血管収縮因子の分泌にも影響を与える。この投与により、プロスタサイクリンの濃度はまし、またソロンボキサン群との量の比も増加する。このため末梢血管抵抗は一過性に低下する。高張食塩水の静注直後は一過性に血圧が下がることがあるのはこのためと考えられている。

敗血症や出血によるショックの急性期には全身の炎症反応が亢進し、結果として多臓器不全につながる炎症性サイトカインの分泌が始まる。高張食塩水の投与はこうした炎症性サイトカインの濃度を低下させる働きがある。臨床上の観察では、高張食塩水による輸液管理を行うことで、出血性ショック患者の肺合併症の頻度を減らすことができたという報告がある。高張食塩水の投与により、患者の肺では好中球の賦活化の程度が減少し、BALF中の好中球数が減少し、肺胞へのアルブミンのリークが減ったという。

近年話題になってきた敗血症急性期からの積極的な血行動態維持のストラテジーに加え、高張食塩水による輸液管理を行うことで血圧の上昇効果以外にも免疫系の好ましい修飾作用を期待でき、敗血症の予後をよりよくできる可能性がある。

高張食塩水で市販されているような製剤は無く、また積極的に使用を推薦しているガイドラインも無いが、その辺に転がっているものではメイロンのNa濃度がだいたい6%食塩水に等しい。メイロンをショック患者に用いるとたしかに血圧が急上昇する人がいるが、これはアシドーシスの補正が効いたというより、高張食塩水による効果なのではないかと思う。

自分たちが研修医の頃は、敗血症を疑ったらまずは血液培養、その後全身診察を行い、本当に細菌感染が患者さんの状態変化に関与しているのかを評価、その後、必要があれば抗生物質投与を行うという手順を教わった。

患者さんが発熱、悪寒戦慄を訴えてから抗生物質が投与されるまで、すべて行ってからだと1時間以上かかったが、当時はこれでも早いほうだったと思う。

現在のアプローチは違う。患者さんが悪寒戦慄を訴え、見た目の印象で敗血症の可能性があったら発熱が無くても抗生物質投与を開始(どうせ誤嚥か尿路感染だ)、老人なら少量のステロイドを静注、ラインキープの上生食を早めに落とし、アセトアミノフェンを内服してもらう。この間薬15分。触診も聴診も無し。周囲からは既知外扱いされたが、僻地の一人内科で外来中に病棟患者の敗血症を相手にしようと思うと、こうした方法しか取れなかった。

多分、かなりの数の患者さんに不必要な抗生物質投与やステロイドの投与が行われたのだろうが(血倍などは面倒で取っていない)、とりあえず自分がいた間は敗血症で死んだ人はいなかったと思う。高齢者の多い病院ではあったが、そんなにひどい耐性菌も作らなかったはずだ。

今いる病院は大きなところなので、以前と同じように患者さんを診察してから治療を行っているが、敗血症の状態が長引く人がたまに出る。

医者が不必要に頭を使うことが、かえって患者さんを悪くしている部分は確実にある。「みんな、もっと頭を使わないで仕事しようよ」といっても、なかなか賛同者は増えないのだけれど。