一人しかいない病院での勉強

知識の習得方法には2種類ある。論文やマニュアル、ガイドラインをひまなときに読んで勉強する方法と、臨床の現場でトラブった時にとりあえずその場を乗り切るためにちょっと調べたり、周りの人から聞いたりして覚えた知識と。

前者の方法は、いくら覚えようとしてもすぐにまた忘れてしまう。たとえガイドラインを暗記している疾患であっても、実際に診たことの無い疾患の人が目の前に現れたらその病気を診たことのある人と一緒で無いと、怖くて診療などとてもできやしない。

自分で学んだ知識というのは、実体験が伴っていない部分で実際に役に立つ知識にはなりえない。

他の人からその場で教えてもらった知識というのは、たとえエビデンスのレベルとしては最低のものであっても、自分の直面している問題点を解決する助けになるという点で非常に役に立つ知識になる。

理想的には、臨床の中で問題に直面するたびに、エビデンスレベルがある程度確保された、役に立つ情報がすぐに出てくれれば一番いいのだが。

UpToDateなどのデータベースはそれを実現しようとしている。検索のシソーラスが非常によく考えられており、かなり「あたり」に近い情報が出てくる。しかし、まだその実態は検索が非常に容易な内科の教科書の範囲を脱していない(それでも十分すごいのだけれど)。

現場で何か判断に困った際、一番欲しくなる知識というのは「同じような状況になったとき、こうしたらうまくいった。」「こう判断したら失敗し、患者にトラブルが生じた」「トラぶったが、こうしたら切り抜けられた」といった知識なのだが、教科書やガイドラインをいくら読んでもなかなかこうした情報は出てこない。

僻地で一人内科をしていて、周りに頼れる人もいないような状況では、ガイドラインや教科書をいくら読んでもはじめてみる病気の細かな対処が分からない。

たとえば抗生剤を落としてから何日熱が下がらなければあせったほうがいいのか、症状がよくなっても画像所見が変わらないのは様子を見てもいいのかといったことは調べても載っておらず、非常に困った。

こんなときに役に立ったのは、インターネット上で検索した症例報告だった。患者さんの症状や病名をscirusPUBMEDに打ち込んでみると、症例報告がぞろぞろ出てくる。その中で自分の感覚に合いそうな症例報告をいくつか読んで、論文を孫引きしてから現場に戻ると、ある程度安心して判断を下すことができた。

検索に恐ろしく時間がかかるが、僻地ゆえアクティブな患者数はそう多くは無かったので、こんなことも可能だった。

EBMEBMとうるさい昨今、症例報告をする意味は薄れ、目の前の患者さんが直った事実よりも論文に書いてあることを信じようとする人が増えている気がする(これは本来のEBMの目的とはまったく逆の行いなのに)。だが、自分の得意分野を勉強するのは基本にしても、他の分野をガイドラインで勉強してもなにも身につかないんじゃないかと思う。

ちょっと論文を読んだだけの研修医が、病棟で今までやってきたルーチンのオーダーを、その意味も知らずに勝手に変更してトラぶっているのを見たりすると、「まだまだ若いな」と思う。自分ももっと馬鹿だったころは同じような暴走を繰り返しては患者さん共々大やけどを負って、それでもこりもせずにまた暴走することを繰り返していたので。

いまのインターネット検索の技術が進めば、世界中の患者をひとつのガイドラインに押し込むような考え方は通用しなくなり、ネット上の症例報告の集積が患者ごとの治療の方針を決めるのに大きなウェイトをしめるようになるのではないかと考えている。まだまだ、当分先なのだろうけれど。