患者さんのマネージャーとしての主治医

どんなに大きな病院であっても、集中治療室のベッドの数は限られます。当院はかなり大きな病院ではありますが、集中治療室は7床あまり。ベッドは常に満床で、そのベッドを各科が取り合いになります。

ベッドをコントロールするのは集中治療チームの先生方です。彼らが「この患者さんにはもうICUの適応はなくなった」「もっと他に重症な人が病棟にいる」と判断すると、自分の受け持ち患者は病棟に出されるのがルールです。

以前に重症な人を持ったとき、ICU在室を許された3週間ほどの間に多くの患者さんがICUを出され、その多くが亡くなりました。もちろんその中には妊婦さんや小児科の子供もいます。うちの患者さんは集中治療チームの保護下、ずっとICUの治療を続け、結局歩いて退院できました。

各科の批判はすごかったです。「何故うちの子供が出されなくてはならないのか」「内科の患者さんはもう2週間も入院しているのに、何で家が先に出されるのか」等々、陰口を叩かれたり、面と向かって「卑怯者」といわれたり。

悪いとはまったく思っていません。うちの患者さんも、ICUを出されたらたぶん亡くなっていましたから。

どんなに重症の人が増えようとも、病院内の人的リソースは限られています。その中で各科がICUマンパワーの食いちぎり合いをする訳ですから、他の科の人のことなんて考えている余裕などありません。こっちだって必死です。

集中治療室の患者さんは、しゃべれない方々がほとんどです。そんな中で自分たちの患者に興味を持ってもらうためには、この人には子供が2人いる、奥さんは今日こんなことを話していた、治ったら去年行った場所に再びキャンプに行きたいらしい、といったその人の人としての情報を現場のスタッフにフィードバックし、興味を持ってもらう努力が欠かせません。

患者がどんどん出されていく中で、うちの科の患者さんだけ長期滞在を許してもらえたのは、その人の病態、治癒に至るまでのイメージをなるべく具体的に伝え、ICUスタッフに力を貸していただける部分が、最終的にこの患者さんに対してどういったメリットが期待できるのかをちゃんと伝えられたからではないかと考えています。

集中治療室のスタッフだって人間です。「治療に関する指示はこちらが出しますから、何かあったら呼んで下さい」などと捨て台詞を吐かれた日には、誰がその主治医の患者に興味を持つでしょうか?

他科の患者さんは、スタッフの会話の中で「〇〇番ベッドのARDSの人」などと呼ばれ、ICUを出されて亡くなりました。うちの患者さんはICUスタッフから「〇〇さん」と呼ばれ、何とか歩いて退院する所までこぎつけられました。

主治医は、ちょうどアイドルのマネージャーのようなものです。各科の専門家に自分の受け持ち患者を紹介し、より多くの力を貸してもらうよう努力するのも大事な仕事です。患者さんの重症度、診る医者の実力的な問題以外に、こうした部分もかなり大きく予後を変えるのではないかと思います。