TRIZという考えかた

専門家に求められているのは、「こうしたことがあるからこのことが生じ、この結果が出る」、言い換えれば原因から結果が出る道筋を説明することではない。

実際の人間の生活の中で求められるのは、結果をどう起こさせるかの道筋である。

教えたり、物事の理解をするという道筋と、これから望む結果を起こそうと試行錯誤していく道筋は順番が逆になる。

大学では誰もが前者の方法論を学んで社会に出てくるが、全く逆の手順で物事を考える訓練はなされておらず、また実際に必要な考え方の道筋は、学んできたものとは全く逆なのだということすら教育されていない。

何か望む結果を起こそうと、その道筋を探っていく過程で役に立つのは今までの成功経験である。だが、こうすれば上手くいく、という学校で学んだ理論だけでは不十分で、「こうしたら失敗した」「同じような問題点は過去にこうした形で解決されたことがある」という知識を持っていないと、実際に望んだ結果にたどり着くことは難しい。

経験値の低い医師が何か臨床上の問題点に突き当たった場合、例えば腎障害のある心不全患者に利尿薬を使う場合、水を引くと腎臓が潰れ、一方水を入れると肺水腫が増悪するなどの状況に直面した場合、どちらの治療を選択するのか、あるいは何か他の手段を用いて両者をまとめて解決できるのか、といった発想を一人で行うのは難しい。もって経験の浅い医師の場合、そもそも「患者の具合が悪い」ということは分かっても、何がジレンマになっているのか、何が一番の問題になっているのかすら見えてこない。

十分な経験を積んだ医師であれば、自分の過去の経験から同じような問題で悩んだ症例を引っ張り出し、まずはその経験にしたがって似たような治療手段で患者を診ていく。

この「問題になっている場所を探す」->「過去の症例バンクから似たようなケースを探す」->「解決策を施行する」という専門家の思考回路は、医師の世界では専門家と同じだけの経験を積まないと身につけることが出来ない。

エンジニアの業界は違う。「TRIZ」というツールがある。

TRIZは、 「発明問題解決の理論」という意味のロシア語名称の略号を英語綴りにしたものであり、 発音は英語のTreesと同じである。

旧ソ連で1946年に、 海軍の特許審査員G.S. アルトシュラー(当時20才) が、 多数の特許の中には似た発想や類似の考え方が、別の分野で/別の時代に/別の問題で適用されていることに気付いた。

"独創的" な発明にも自ずからパターンがあるという認識から、優れた特許から発明のパターンを抽出し、 それを学ぶことによって、 誰でも発明家になれるだろうと考えた。

彼はこの発想をスターリンに提案するが、その結果反体制的であるとして強制収容所に送られる。その後も、当局の抑圧の中で、彼は特許の研究から発明の原理を抽出し、技術の新しい見方と技術課題に対する問題解決の技法をつくり上げていった。

彼は特許の事例を多数集めて、 「発明の原理」 (発明のアイデアのポイント) を抽出し、さらにそのような発明をするための方法 (彼は「発明のアルゴリズム」と呼んだ) を考え出し、 その方法を他の問題に適用して有効性を検証していった。

もともとは工学分野の発想なので、このまま医学の分野に持ってきても何の役にも立たないが、方法論は非常に面白い。

TRIZの一番大切なのは、どういう効果が欲しいのかというところから物理法則を見直し、この効果が欲しいならこの法則を使えばよい、と何らかのツールを使えば示差は可能であると主張している点である。本来、工学や医学といった実学をやっていた人たちはみなこのことを知っていたはずなのに、なまじ「科学的な」解釈ばかりが先行し、自らの思考の幅を狭めていった。

代表的なのが心不全のベータ遮断薬療法で、従来「心不全患者は、悪くなると脈が速くなる」という素朴な観察に対して、「脈を遅くするベータ遮断薬を使うと心不全がよくなる」という結果が得られていた。ところが80年代に入り、薬理学者が「ベータ遮断薬は心不全に禁忌」という「科学的な」声明を出して以後、心不全患者に対してベータ遮断薬は用いられなくなり、ACE阻害薬の紹介までの何年間かは心不全患者に対して有効な投薬が事実上行われなくなった時期が存在する。

実際、ベータ遮断薬の拡張型心筋症患者への効果を「科学的に」証明しえたMDCtrialの考察には、自分達の研究はリバイバルであって、発見ではないといった旨が記載されている。

EBM全盛の昨今、確かに効果があった薬が科学的に無効と断じられることが増えてきた。この流れは必ずゆり戻しが来ると信じているが、それまでどれだけの経験が「科学的に」潰されるのか、結構怖い。

病院ローカルの秘伝的なものはどのベテランも持っているはずなので、それを何らかの手段で共有できると面白いことになりそうなのだが。