上手くいっているものは変えてはいけない

病棟勤務医の移動の時期だ。これに伴い、外来患者さんを新たに引き継ぐ機会は増える。長く同じドクターにかかっていた患者さんのカルテを診ると、たいした病名でもないのに6種類も7種類もの薬を服用している人が時々いる。

どの薬剤もたいした薬効も期待できない、セルベックスとかマーズレン、サアミオンやらヒデルギンなど(メーカーさんすいません)といった、何のために処方されたのかもよく分からないような薬剤ばかり。主治医を引き継いだとたんに、いい機会とばかりに全て中止したくなる。

しかしちょっと待って欲しい。駆け出しの頃は自分もよくやった。若気の至りであったが、こうした処方をみると、以下のようなことを考えた。

「(前任の)○○先生よりも明らかに自分のほうが実力は上。ゆえに自分が切るべきだと思う処方は、切ったほうが患者さんのため。」
で、実際に薬を止めてみると1ヵ月後に「先生、申し訳ないけどあの薬内と調子悪くて…」などと患者さんから要求される。これをやられるとえらくプライドが傷つくのだが、そこで調子をこいて「そう思っているあなたのほうが間違えです」などとやろうものなら、患者さんは二度と外来に来なくなる。

処方が決まるまでの間には、患者さんの要求、病院の事情、実際に処方してみて生じた不具合、患者さん自身がその薬に対して持っていた情報や先入観といった、さまざまな事情が横たわっている。

これらの一連の出来事は、全てがカルテに記載されるわけではない。また経過の長い人であるほどカルテを読み返すのは難しくなる。結果として、医師が代わる際には、こうした処方が決定されるまでのプロセスはほとんど引き継がれることは無い。

例えば胃薬としてKM散が処方されていても、これがなぜガスターではいけなかったのか、今までの経過で中止することは出来なかったのか、については記述されない。

特に、前任の医師と患者さんとの間に築かれたルール(湿布を7枚出すとか、整形外科にかかってから内科に来るとか)がいきなり変更された場合は問題だ。患者さんに良かれと思ってルールを変えたら、クレームが来たということが頻繁に生じる。

病院の外来に来て、治療を受けて帰るまでの流れというのはさまざまな科の医師、職員がかかわる大きなシステムである。

赴任したばかりの若い医師は、まだシステム全体の流れを把握できない。その人が、自分の担当部分だけを「最適化」しようと努力することが、かえってシステム全体の効率を落としてしまうことがある。

来院->診療->次回外来のシステムは、患者さん個人のものだ。このシステムを変更することで、患者さんに不利益になるということはあってはならない。かといって、システムの一連の決定プロセスを全て後任の医師に伝達する時間は、前任者にはない。

製造業の設計者は、はひとつの製品を出した後、設計図面の裏に自分の考えたことを記載したという。機構を決定した理由、制約条件、反省、時代背景などを書き込んで、次世代の人に伝授する。現在の忙しい医師の外来サマリーには、もちろんこうした部分は記載されない。

新しい病院に赴任した際は、自分の外来患者さんが1周するまでの間(だいたい1ヶ月から2ヶ月か?)は前任者の処方を変えないことだ。自分が病院の流れを理解し、病棟に味方が大勢できた頃から自分の色を出していけばよい。

自分が今の病院にはじめてきた頃、これができなくて大失敗した。

今までの病院と全く勝手が違い、そこで迎合することなく「オレ流」を通したものだから病棟が大混乱、「あのキ○ガイ医者なんですか?」というクレームが、部長のところに殺到したそうだ。自分はそんなことは露知らず、ようやく病院になじんだ2年目の終わりごろ、「実はね…」と教えてもらった。

以後は新しい施設に行くときは、まずはおとなしい顔をすることにしている。最初だけだけれど。

内科学におけるLoebの法則
(1)今していることが有効な時は,そのまま続行。
(2)今していることが有効でない時には中止する。
(3)何をすべきかわからない時には何もしない。
(4)治療方針の決定を外科医にまかせない。