偽の専門家

専門家のアドバイスを求めるとき、こちらとしては今の状況を打開するための方法論を示して欲しい。別に専門家の講義を聞きたいわけじゃない。その疾患に対する理想論を延々と述べられても困ってしまう。

偽の専門家は多い。肺炎を診察できない人工呼吸器の専門家、ショックの治療を知らない感染症の専門家、心電図を読めない糖尿病の専門家。どこの病院にも片手落ちの「自称専門家」はゴロゴロいる。

こうした人たちは、臓器や疾患のスペシャリストではあっても、治療のスペシャリストにはなりえない。

自称スペシャリストは、その能力を鼻にかけて暴走する。治療に失敗しても反省することは無く、悪いのは患者だと言わんばかりだ。

この人たちのポリシーはこうだ。専門家は常に正しいことを述べねばならない。自分の専門領域で妥協するなら、最初から自分などここにはいない。縄張り意識の強い自称専門家を相手にするのは本当に大変だ。

偽の専門家はその疾患には詳しいが、プライドがやけに高く質問を受け付けない。議論になっても自分の考えを譲らず、代案を提示することができない。

チームの中にこうした偽の専門家が混入すると、議論の流れを患者の治療以外の方向に引っ張られ、患者を殺しかねない。

偽の専門家には手っ取り早くなることができる。EBM全盛の現在、論文を読めばそれだけで専門家だ。「今週のLancet読みました?」相手が読んでいなければ自分の勝ちだ。

医療経済の論文も、偽の専門家のお気に入りだ。

コレステロールなんて、薬で治療する必要ないんだよ」
「医療経済的には、ICD植え込みなんて意味ないね」
患者さんのことを一番考えているのは自分、医師は患者さんが自分の自然力で治っていくのを手助けするのみ…そんな口当たりのいいことを散りばめながら、相手に適当なアドバイスをすればよい。

患者が心筋梗塞やVfになったら、あとは適当に内科に押し付けて知らん振りだ。

こうした手合いとは付き合わないのが一番なのだが、相手が治療の決定権を握っている場合は非常に厄介になる。具体的には手術をお願いするときに避けて通れない麻酔科コンサルト、救急部から病棟に患者を上げなくてはならないときの各専門科の電話対応といった部分だ。

例えば麻酔科と手術の交渉を行うとき、相手がプロでなく「偽の専門家」であった場合は悲惨だ。聞きたくも無い演説を延々と聞かされた挙句、終いには「この人の麻酔は受けられません」だ。「じゃあどうすればいいんですか?」と問い詰めても、「そちらで考えてください」と一言。本当にどうすればいいんだ。

こうした偽の専門家が跋扈する背景は、以下の2点に集約される。

注目への欲求
偽の専門家は、病棟スタッフに対して横柄な態度を示すなどといった形で、相手からの注目の欲求を発現する。これは、愛情や承認の欲求が歪んだ形で出現しているためである。

こうした際、こちらがこびるような態度を見せないと、怒り出すだけで改善につながらない。背後に隠された、満たされていない「認めてほしい」という欲求に対して病棟スタッフが「きちんとあなたを見ているよ、認めているよ」というメッセージを送ってやらないと話が前に進まない。

実際にその自称専門家が何かしてくれた場合、「先生のアドバイスでこの点がよくなりました」というフィードバックを常に行うなどの工夫が必要になる。

権力への欲求
偽の専門家は、イニシアチブを取りたがる。相談者である主治医にたいして権威的に振舞ったり、挑発的な言動を取ったりすることがある。

こうした際には、主治医側がいったん「闘争の舞台」から降りるしかない。

たとえ自分の科の上司を前面に出し、相手を屈服させることができたとしても、真の解決にはならない。かえって相手の復讐心を煽ってしまうことすらある。

その人に何かを頼まなくてはならないときは、自分達が大人になって歩み寄るしかない。

想定しているのは某麻酔科の科の3年目だ…。

麻酔科チームの専門科は、どうやったら患者さんに安全な手術が行えるかを考える。こちらが無茶な手術依頼をしても、こちらの要求を全て受けた上で、いくつもの代案を提示してくる。もともと麻酔科はCPRのプロだ。循環器領域の知識も豊富で、議論を通じてさまざまな勉強をさせてくれる。

一方、そうした上の先生方を見ていない「偽の専門家」が現れると悲惨だ。彼らは権威を欲しても勉強をしないので、こちらの要求に対して代案を示せない。彼らの「専門性」は、手術室の使用許可を出せるというただそれだけのものなのだが、自分でそれに気がつけない。結果、権威を示そうと思ったら手術を断る以外の選択肢が無く、2言目には「その患者の麻酔はかけられない」が飛び出す。

こちらが必死になってようやく状況を改善、外科の先生と治療の方針を打ち合わせ、ようやくの思いで手術のムンテラを家族に施行。

「皇国ノ存亡コノ一戦ニアリ。諸君ハヨリ一層ノ奮起セヨ。」Z旗全開で外科/内科勢がハイになっているところに

「この患者さんは心不全がありますね。リスクが高そうなので麻酔は引き受けられませんね…」
と、術前診察しに来た麻酔科の下っ端に一蹴されたくやしさといったらない。テンパッた患者の唯一の突破口が手術、それも内科も外科も同意している状況で、麻酔科医の答えにノーはありえないだろう。

「だいたい貴様、20年目からの循環器屋、消化器外科のベテランが集まっている中でどの口が拒否権発動なんてできる?僕達の殺意感じない?」
その場に居合わせた全ての外科/内科の心が「こいつ絶対潰す」でひとつになる一瞬。チームをまとめるのにこんなに強力な一言は無い。

案外、彼はプロ中のプロなのかもしれない…。