理念は、「○○たるべきである」というリーダーの考えを示したもの。

各人はその理念を状況に応じて解釈するので、変更されることは少ない。

戒律系のチーム**は、罰則を守る見返りが必要なので、

人を集めるのにコストがかかる。罰則を施行するのはリーダーなので、
リーダーと部下との通信のコストがチームの大きさの上限を作る。理念を持たない組織にとって、
状況の変化というのは「乗りきるもの」ではなく、「乗っかるもの」になる。かくあるべきという信念が無いから、
変化に強い。

理念系のチーム**の強みは、リーダーとの通信コストが無いことだ。各人が理念を解釈して現場でつじつまを合わせるから、

組織の大きさには上限が無い。組織を取り巻く世界が安定した状況では、大きいことは非常な強みだ。
理念は現場からは変更できず、何をするのにも理念との整合性が問われるから、新しいことはやりにくい。
大きくなった理念系の組織にとって、変化というものは乗り切るもので、変化の先にはまた元の世界が再現されることを
信じざるをえない。

医療の現場にも、この2種類の組織は混在する。
理念が先行して、それに従う人達が働く大病院と、その場その場の最適解を探して、
そのつどルールを変更する小規模病院と。

##理念は時に致命的になる
雪山にいきなり放り出されたような状況で、真っ先に遭難するのは経験豊かな人なのだそうだ。

遭難者がどんどん危機の深みにはまるのは、道を見失って迷ったときに、
こんなはずではなかったと、
「予定されていたあるべき自分の姿」と「現実の自分の姿」のギャップに混乱してしまい、
むやみに動き回って「予定されていた自分の姿」に戻ろうとするかららしい。

>迷い始めた遭難者は、現状認識ができなくなっても、「実際の環境」に基づいた
「予定されていた自分の姿」を再構築するのではなく、
逆になんとかして「実際の環境」を「予定されていた姿」に近づけようとする。
>結果、自分がいる場所がどこかもわからないのに、さらに新たな道に分け入り、どんどん深みにはまる。
>[On Off and Beyond: 新年:人生の遭難とサバイバル](http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/01/post.html)

実際の状況をあるがままに受け入れることができず、経験豊かな人が生存のための
貴重な時間を失ってしまう一方、6歳の子供のような、まだこうした「あるべき自分」が
できていない人達は、さっさと寒さや風邪をしのげる場所を探すので、
助かる確率が意外に高いらしい。

歴史の中でも、こうした逸話的なエピソードがある。

グリーンランドは、古くからイヌイットの人たちが何百年にもわたって住んでいた。
ところが、同じ土地にノルウェーからのバイキングの末裔が暮らし始めたものの、400年ほどで滅んでしまったそうだ。

彼らはグリーンランドという土地に、より豊かだったヨーロッパの生活習慣を持ち込んで、
古くから生活していたイヌイットの生活に学ぶことをしなかったので、
無理な牧畜の結果としてグリーンランド
土壌資源を使い尽くしてしまい、飢えてしまったのだという。

日本の大戦末期。

戦艦大和は勝ち目の無い戦いへ向けて特攻したけれど、あれもまた
「**こうなったら、もう特攻しかないでしょう**」と言う軍部の「理念」が作った作戦だったらしい。
戦略的に何かの利点があったわけではなく、むしろ男らしさとか、帝国軍人の責任とか、そんなもの。

今の大学病院の立場も、こうした理念に縛られているような気がする。
大学病院というところの「浮沈艦」ぶりは、戦艦大和の比では無いけれど。

##欲しいのは生存の知恵
自分の行きたい分野、田舎の地域医療の世界というのは、もうボロボロといっていい程崩れてきている。

どんな仕事であっても、短期間なら頑張れる。ところが、同じことを10年やろうと思ったら、
10年やった先の何らかの**成功の物語**というものは欠かせない。
それは地位であったり、賞賛であったり、
おカネであったり、いろいろ。

ちょっと前までは、「地域医療にまい進する医者はかっこいい」という大前提があって、
それが不変だったからこそ理念に賛同する医者は僻地に入った。

今の時代。こんなものに一生懸命になったところで、もはやそれがかっこいいと言う前提自体が崩れて
しまっている。成功物語の「オチ」は自分で見つけないといけない。

欲しいもの、見つけたいものというのは、崇高な理念なんかではなく、
その地域の医療に特化した、具体的な生存の知恵だ。

どうやれば老人医療をペイできて。どうやれば病院というものを潰さず回せて。
どうやったらその場で何年もの間、消耗せずに医者を続けられるのか。

答えは地域ごと、医師の専門や経験年次ごとに全く異なり、共通項など無いのかもしれない。

それでも現場にはきっと知恵がある。その地域ごと、
その医師ごとの自分を取り巻く世界との折り合いのつけかたというのは、
やはりそこで何年も生き延びてきた人にしか語れない。

書生じみた理念なんかではなく、もっと具体的な何か。

今年は、そんなものを探してみたいと思い、外に出ます。今年もよろしくお願い致します。