Sun, May 09

  • 14:51  臓器別の診療科に分かれた頃から大学病院という組織が崩壊した、という仮説が面白い。たしかに昔は、病院ごとの序列みたいなのがあって、分からない患者さんは格上の病院に、最終的には大学にお願いすれば、医局の上の人たちが何とかしてくれた
  • 14:52  臓器別になって、なんというか、「格下」の病院はどんな患者さんでも診療するし、循環器が肺疾患とか肝疾患とか普通に診療する機会があるけれど、そういう専門外の患者さんに行き当たって、分からなくて、お願いする「上」に、大学が来ない
  • 14:54  上に行けば上に行くほど専門分化が厳しくなって、受ける理由、そこに患者さんをお願いする大義名分みたいなのを、格下の病院が用意しないといけなくなった。こうなるとお互いの関係は契約であって、疑似親子みたいなのとはずいぶん違う
  • 14:55  大昔は、第1内科から第3内科まであったら、それは総合病院の内科が3つあるのと同じだった。こういう構造だと、病院を超えた疑似親子関係、格下の「子」に派遣された医師が、格上の「親」にすがる構造があって、大学に人が居着いたのかもしれない
  • 14:56  臓器別のやりかたのほうが、制度としてきれいなのは間違いないんだけれど、人にできることというのは、お金もらっただけの最小限度と、人間の限界に挑む最大との間に広大なグレーゾーンがあって、契約だと、グレーはないことになるし、親子みたいな湿っぽい関係は、グレーを引きずり出せる
  • 14:57  こういうのもたぶん、きれいになって、優れたものになるはずが、結果として大量の何かを失った状態の、一つの典型なのだと思う
  • 15:00  @AucunCou 小さな施設には、分かるんだけれど病院の「格」からしてその患者さんの責任を引き受けきれない状況があって、で、今は臓器別で、大きな施設には、今度はいくつもの科にまたがる問題を抱えた患者さんを引き受けられる科がないという  [in reply to AucunCou]
  • 15:01  昔はそういう意味では、「小さな病院」と「大きな病院」というくくりしかなくて、小さな病院で引き受けきれない責任を、大きな病院が引き受けてくれたからこそ、誰もが大きな病院の子供というか、子分であることに、大きな意味があった
  • 15:02  そもそもそんな責任みたいなものは、書類上はないことになっているんだけれど、実際には厳としてあって、臓器別になって、あるいはそれが、本当に失われてしまったのかもしれない。そうなると、大学が売れるものは、本当に学位ぐらいしか無くなってしまう。
  • 15:04  昨日読んでたロシア兵士の第2次世界大戦証言集みたいなのには、軍医の人もけっこう出てきて、手術台に3人上がると、戻れるのは2人がせいぜいとか言ってた。考えてみれば人が圧倒的に足りない状況だと、責任なんて考える余裕ない
  • 15:05  医師がそれでも「余ってる」とか言われ始めたのは、自分が卒業してすぐぐらいからだったから、診療にまつわる責任の問題が重たくなったのは、案外ごくごく最近の、せいぜいここ10年ぐらいのことなのかもしれない
  • 15:08  それはウルトラマンにしても、ファンタジーの勇者にしても、ああいう人たちが迷いなく剣を振るえるのは、彼らしかいない、手が圧倒的に足りてないからなんだと思う。ウルトラマンが10人いて、足りてる社会だと、今度は光線外したときの過失問われるだろうし、怪獣の人権も考慮しないといけない
  • 15:24  @kandata27 よっぽど使命感みたいなのに突き動かされてるんでもなければ、たくさんいるなら、手を汚すのは2番目以降にしたいですよね。。  [in reply to kandata27]
  • 15:26  @kazuneco それはありそう。。。  [in reply to kazuneco]

Powered by twtr2src