Thu, May 27

  • 15:44  memo 「若者は規則を知っている。老人は例外を知っている」
  • 15:53  必死になる保守って末期的だと思う。必死さを隠しながら、相手の自滅を信じて大人の余裕見せないと、本当に滅ぶ
  • 15:54  保守の武器ってじじいの頼れる笑顔なんだから、笑えない人は旗振っちゃいけない
  • 16:08  世の中を打算と妥協で理解しようとすると、みんな考えていることがバラバラだから、やたらと複雑になる。複雑さを「要するに」で端折ると、理念とか陰謀論みたいなのが出現する。理念と陰謀は、同じものを違う角度から見てただけのことが案外多い
  • 16:28  登場人物の顔立ちや役割、髪型はもちろん、言葉遣いも全部描き分けられているのに、キャラクターの見分けがつきにくい漫画というのが時々あって、自分は何となく、登場人物の顔よりも、むしろ手足の動きかたで見分けをしていたのかな、なんて思う
  • 16:30  読んでいて読みやすい漫画、個人的にはやっぱりヘルシングなんだけれど、登場人物の殺陣というか、動きかただとか手足の振り出しかた、体ののけぞりかたみたいなのがみんな違っていて、気にならないときには気にも留めないんだけれど、人物の見分けがつきにくい漫画は、そのあたりがみんな似ている
  • 16:31  漫画って、そこまで細かく読んでいるつもりはないんだけれど、絵というのはやっぱりすごい量の情報入っていて、意識してないところが、案外大きな差になって効いているんだと思う。
  • 16:36  @m_um_u あれはボーッとして眺めても、誰が誰なのかきちんと分かるのです。。案外大事なんじゃないかと  [in reply to m_um_u]
  • 16:48  @shigekiyo 顔立ちとか髪型というのは、人物を判別する道具として、その貢献度は決してそこまでは高くないのだな、と。。  [in reply to shigekiyo]
  • 18:43  感覚できるんだけれど説明できないものは、「説明できない」と表明すべきで、「ない」と断じてはいけないし、無理矢理説明してしまうのはもっといけないことなのだと思う。
  • 18:55  @kazuneco そのまま「こういうものを感覚したんだけれど説明できない」でいいのでは。。。  [in reply to kazuneco]
  • 18:57  @m_um_u うしとらは、最後に伏線回収にかかるときには、久しぶりの登場人物に「こういう人です」という注釈がくっついていて、分かりやすかったですね。。  [in reply to m_um_u]
  • 22:25  買い物リストを作るときには自分の部屋にいるのが自然だけれど、その場所で足りないものを考える人と、頭の中にショッピングセンターを想像して、そこで買うものを考える人とがいるんだと思う
  • 22:26  自分の部屋に足りないものを考えるのは自然だけれど、これをやってショッピングセンターに行くと、どこに何があるのか、どういう順序で買えばいいのか、分からなくなってしまう。買い出しに行った自分を想像しながら買い物リストを作ると、おおざっぱな買い物の順番が決まるから、たぶん速い
  • 22:28  想像の射程距離というか、わずかな先を想像するにはリストの組み替えが必要で、自宅とショッピングセンターと、距離はわずかであっても、頭がこなす仕事量はけっこう多い。要領の良さというのは、このへんでちょっと分かれるんだと思う
  • 22:32  意識というものは、あるいは忘却の序列として記述できるのかもしれない
  • 22:34  完全な記憶がフレーム問題を引き起こす。機械の記憶は完全であるが故に、自我が作れない。自我や意識は、記憶そのものでなく、むしろ記憶の不完全さが作り出す。
  • 22:45  就職した手で一番最初に途方に暮れたことはといえば、患者さんに何を処方していいのか全く分からないということだった。いわゆる「効く薬」じゃなくて、たとえば生理食塩水の点滴をどれぐらい行うとかそういうの
  • 22:46  「効く」要素については、研修医が受け持つ患者さんというのは、外来ですでに診断がついた人ばっかりだから、何出せばいいのかある程度分かるし、それはさすがに上の人が指示をくれる。でも入院患者さんにはたいてい、点滴のバッグがぶら下がっていて、それは「効く」リストには入ってない
  • 22:47  もちろん脱水だからとか汗かくからとか食べられないからとか、そのへんはもっともらしい理由があるんだけれど、本音のところはみんな「何となく」なんだと思う。だから研修医の頃は、上の人たちに、どうしてここで点滴が必要なのか、何をどれぐらい点滴すればいいのか、教えてもらえなかった
  • 22:49  1年ぐらいするとその代わり、「何となく」みたいなのが身につく。効くものから出すというのは、ちょうど自分の部屋を眺めながら買い物リストを作るようなものだけれど、病棟の感覚とか、流れが身につくと、今度は病棟の感覚で処方をするようになる。いわゆる点滴は、病棟の感覚の中心にある
  • 22:50  そういう想像力の作り替えみたいなのが、果たして学びかたとして健全なのかどうか、未だによく分からないんだけれど、やっぱりみんな、入院した患者さんには点滴を出すし、「どうして?」なんて聞いて、特別な疾患でもなければ、やっぱり「何となく」になる
  • 22:57  @sagisou00 入れる根拠がないなら、じゃあ止めればいいかといえば、どこかで「輸液ゼロはまずい」なんて、ゴーストがささやくのです。。  [in reply to sagisou00]
  • 23:26  @shigekiyo そうかも。。。  [in reply to shigekiyo]

Powered by twtr2src