Tue, Jul 13

  • 01:54  @odakin なんというか、能力が足りなくても、祭りの上手はけっこういいところまでいくような気がするのです。それがいいことなのかはともかく  [in reply to odakin]
  • 15:03  症状と病名とを峻別すること、判断の主体が誰なのかを明らかにすることが基本になる。
  • 15:05  ○○さんのこの症状について、こういう原因で生じていると、私は考えています。それを確かめるためにこうした検査を行い、読みが正しければ、およそ○日後に、こうした状態になるはずです。予測が外れたときには次の可能性を考え、こうした検査を提出していきます、というやりかた
  • 15:07  このへんをたとえば、「○○さんの認知症について」とかやると、病名と判断とがごっちゃになる。これは良くない。あるいは、「こうした原因で生じています」という説明口調は、それをその場の空気として受容することを、暗黙に強制してしまうから、やはり良くない
  • 15:08  判断の主体を「私」と宣言して、初めて予測を述べることが出来る。限定がかからないと、そうならなかったときに、責任が無限に拡大していく。で、予測を述べないのは、やっぱり良くない気がする。家族はその間、何を信じて待てばいいのか分からないから
  • 15:09  原因については「私はこう考えます」という、判断主体の宣言が必要。これは個人の思考だから。一方で、それが原因であった場合、こうなります、という予測については、説明でいい。これは教科書の朗読であって、むしろ判断であってはおかしい
  • 15:11  で、予測が外れる可能性について、常に言及を行い、言及するだけでなく、予測が外れたときに、次に何をするのか、そこまでカバーして、初めてたぶん、予測はしばしば外れます、という言葉に説得力が発生する。外れるかもしれません。お祈りしましょう、は、技術者の言葉とは違う
  • 15:11  このあたりたぶん、本来ならば「病院語」というものがきちんと作られるべきであって、教科書なんかもだから、病院語で書かれるべきだし、言葉というのは共有されないといけない
  • 15:12  「国語」というのはたしかにそのとおりの意味を持っていて、これが「言語」でなく「国語」なのは、国というものを記述する、文化を共有するための土台として、その国の言葉というのはあるものなんだろう
  • 15:13  自分たちが普段使っているのは単なる日本語、せいぜい専門用語をちりばめた日本語であって、言語を病院的に運用するための、病院語に相当するものは、ない。大学にはなかったし、市中病院にもなかった。聖路加とか亀田にはあるのかもしれない。
  • 15:18  楽天は英語になるけれど、それ以前に、その組織の文化を記述するための「楽天語」に相当する言い回しみたいなのはあったんだろうか?本来はたぶん、業種ごとに、言葉というのは変わってしかるべきなんだと思う
  • 15:19  言葉の重さというか、言葉に付随する責任みたいなのが重たければ重たいほど、言葉は厳密である必要があって、一方で、厳密さが増すほどに、今度は意志決定の速度が遅くなる
  • 15:20  軍隊語なんかはたぶん、言葉は厳密である一方、判断から先の部分については、普段の訓練を通じた、ある程度定型的な動作しか選択できないから、意志決定の速度をある程度犠牲にしても大丈夫なんだと思う
  • 15:21  これが広告語、とか、ネットビジネス語、みたいなのがあったとして、この世界が大嘘上等、ということはないにしても、恐らくは曖昧な情報で、次から次へと意志決定を下していかないといけないから、軍隊語だと戦えない気がする
  • 15:24  @tmura 業界語みたいなのは、それができた背景調べると、きっと面白いんじゃないかと思うのです。。  [in reply to tmura]
  • 15:25  @ikutana なかなかこういうのって、無いのですよね。。うちの業界は特に  [in reply to ikutana]
  • 15:27  言葉に善悪の概念を導入するのも、病院という、あらゆる立場の人々が出入りする場所だと、危険なんだと思う。このあたりは、世間に対して開いた組織である病院独特かもしれない
  • 15:28  「あの人の家族は理解が悪いから気をつけて」というのは、絶対禁忌ワードのはずなんだけれど、けっこう使われてる気がする。行為のは「あの人の家族は、受け取りかたの隔たりが大きいから注意して」と言わないといけない。判断の原点に相当するものを、病院から追放しないといけない
  • 15:31  「理解してもらう」はもう間違いで、理解というものは、病院においては共有される、あるいは隔たりを減らす、という表現で記述されないといけない。「理解してもらう」というのは原点が、こちらが絶対的に正しいのが前提になっていて、この時点でおかしい。病院では
  • 15:32  これが教会とかサービス業、役所みたいなところだったら、お客さんは必要があって、自分の判断でそこに来る。サービスを提供する側は、「こう」という原点を持って、それが気にくわない顧客は、そもそも門をくぐらないから、原点前提の会話は成立する
  • 15:33  病院という場所において、患者さんはしばしば、入院したくもないのにやってくる。病院に来るのは病気になったからであって、病院が好きで来てるわけじゃないから。このへんで、他のサービス業のノウハウを、うちの施設に導入するのに、相当な違和感を持っている
  • 15:38  @ikutana 個人的に、「何かあったら「言って」下さい」という癖を、「何かあったら「教えて」下さい」と言うように矯正中なのですが、こういうのがもう、俺流の言葉が染みついて、たかだか単語一つ変えるのに、えらく苦労しているのです。。  [in reply to ikutana]

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