Fri, Sep 17
- 15:48 泳ぎを教えるときの「溺れる」という状態みたいに、ワーストケースというのはたいてい、教えられるべき何かがきちんと伝えられなかった結果として発生するから、まずは「溺れかた」から教えることで、結局それが、総論から各論への流れを作れる
- 15:49 失敗学の言葉で「偽のプロ」と「本物のプロ」というのがあった。正しいやりかたしか知らない、状況が悪くなったときの切り抜けかたを知らない人も、しばしばプロを名乗るから、そういうの見抜かないと危ないなんて話題
- 15:50 泳ぎだとさすがにいないけれど、たとえば「泳げるけれど溺れられない」泳ぎのプロがいたとして、そういう人に習うのと、溺れる経験から出発して、泳法にたどり着いた人とでは、教えかたの順序が全く異なってくる
- 15:51 そういう「偽のプロ」と「本物のプロ」との見分け方として、習う側からみれば、それは「泳ぎかた」から教える人と、「溺れかた」から教える人との対比として観測できる
- 15:52 逆にいうと、教える側からみて、自分は果たして溺れかたを教えられるのかどうか、溺れたことはないにしても、溺れた自分を想像して、それを切り抜けるための備えが自らにできているのかどうか、自問するのが大事なんだと思う
- 15:53 本当はたぶん、泳ぎかたが正しく履行されなかった結果として、溺れるという状態がある、ということを説明してから、まずは正しい溺れかた、助けの求め方を教えて、ようやくそこから、そうならないための、正しい泳ぎかたを教えるべきなのだろうと思う
- 15:54 総論というものは、恐らくしばしば誤解されている。それは単なる全体でなくて、各論が正しく行われなかった結果として、問題が大きくなってしまった状況であって、「各論の不履行」が行き着いた、大炎上の状態が、そもそもの各論なのだと思う。遠くから見た単なる風景でなしに
- 15:56 カタストロフを物語って、そうならないための各論を、問題のスケールをだんだんと小さくしながら伝達していくのがきっと正しいのだろうけれど、そういうのどうやればいいんだろう
- 16:00 @Dominion525 柔道の授業とラグビーの授業、スキーを習ったときは、受け身とか転びかた、ぶつかりかたから習いましたね。。「溺れかた」を習った記憶がないのが不思議 [in reply to Dominion525]
- 16:21 何か書くときのきっかけになるのって、なんだかんだいっても、テレビか新聞になることが一番多い気がする。自分の体験には限界があるし、下手するとたいてい書けないし。
- 16:22 本を読んで感じたことというのは、そもそもその本の内容に、だいたい同意した上で購入していることが多いから、そんなにたくさんのことを書きたい、というようにはならない。読書感想文というのは、あれは好みの押しつけがあるからこそ、成り立ってる部分がある
- 16:23 インターネットに書かれている文章というのも、好きなものだけ読めて、だから効率がいいんだけれど、それを読んで何か書く、という動作は押されない。読んで、なるほどと思って、次の文章を消費しにかかるかんじ
- 16:24 押しつけとか、衝突というのが、自分で何か動きたい、書きたいという衝動を押すのに大切な気がする。はてブもそうだし、密林もそうだけれど、整理されるほどに、便利になるほどに、そこに並べられた情報は、単なる消費の対象になっていく
- 16:25 テレビってそういう意味で良くできてる。内容のぜひだとか、演出のやりかたも含めて、なるほどと思った部分も、それは違うだろうよと思った部分も、否応なしに飛び込んでくる。だからこそ、普段使わない部分が刺激される
- 16:26 医局でとってるから、新聞もたいてい読んでいるけれど、ネットでニュース見るのと、新聞読むのと、やっぱり全然違う。あのごちゃっと押し込まれた文字の量は、いろんな記事がいっぺんに飛び込んでくる。ああいうの大事
- 16:27 海洋堂の社長さんのインタビューで、秋葉原で成功したお店というのはたいてい高密度で、おしゃれなディスプレイと余裕ある空間というのは、ヲタは興味ないんだ、なんて話してたけれど、そういう意味で秋葉原的なのは、ネットよりもむしろ、テレビや新聞なんだと思う
- 16:31 情報の受け手を、機械のように、人工無脳のような状態に持っていくことが、扇動者が昔から工夫して、腕を競ってきた部分だけれど、ネットというのはそういう意味で、人を機械にしやすいような気がする。その人にあった整理のやりやすさ、というのは、人を機械にする
- 16:32 はてブなんかにしても、やっぱり「はてな的」な記事がだいたい並んでる気がする。毎日新しい、昨日まで書かれなかった記事が並んでるはずなのに、「いつもの内容」みたいな雰囲気がある。ああいう重み付けを操作すると、空気は変わる
- 16:33 @m_um_u テレビってそういう意味で、30分なら30分、相手の意見を否応なしに聞かざるを得ないから、白地製造装置どころか、よっぽど頭使ってたような気もするのです。。 [in reply to m_um_u]
- 16:35 前何かSMAP の番組見てて、途中からあまりにもそれが面白くて、ずっとメモ取りながら、考えながら番組を追っかけてた。脳2つぐらいほしかった。ああいうのって、ネット見ててもあんまりない。
- 16:37 受け入れやすさじゃなくて、突っ込まれやすさみたいなのも武器になるんだ、というのは、「なんということでしょう」の建物番組作ってる人たちとか、きっと意図的にやってる。で、ああいうの想像力良く回って、自分がそこに住んでる状況とか想像したくなる。きっと後悔するぞとか
- 16:38 @m_um_u なんだかんだいって、「テレビ見ない」って断言している人よりも、テレビ見まくってる人のほうが、書く文章が面白いように感じるのです。。これもまたバイアスなのでしょうけれど [in reply to m_um_u]
- 16:38 @hedachi 押しつけとか衝突の構造って、たぶんけっこう大事なのです [in reply to hedachi]
- 16:39 ベンチャーとかで成功して、それを作家の人とか、脳の人が褒め称えて1時間、みたいな番組も、作ってる人たちは、たぶんどうぞ突っ込んで下さい、なんて思ってる。
- 16:42 便利を追求すると、便利になるけれど、もてなしにならない。快適につながる不自由を作るのと、便利にするのとは、方向性が違う。ネットというのはもしかしたら、「便利にしかなれない」という欠点があるような気がする
- 16:43 このへんをこう、じゃあ読み込みに1分かかる重たいflash 置いたら快適かといえば、それは単なる不便になってしまう。釣りが上手な人の文章なんかは、あるいはそれに近いのかもしれないけれど
- 17:01 世の中にはたぶん、鍵になる情報というのがある。それを知っていることで、あらゆる公開情報が、その人にとってのリサーチ材料になるような。流れていく情報を追っかけるだけで、その人の権威だけがますます高まっていくような
- 17:02 爆弾テロのニュースを見ていて、あの爆薬の量を決定する人は、ニュース見るだけで、破壊の知識をどんどん蓄えていく。世界でも、「非合法に必要な破壊を行うための火薬量を決定」できるのは、その人しかいない
- 17:03 情報は全部公開されている。テロリストとはどう考えても反対側にいる、軍の人とか、CNNのレポーターが、テロリストの破壊担当に、有益な情報をもたらしてくれる。結果として、報道がなされるほどに、たぶん破壊の精度は増していく
- 17:04 鍵になる情報を何か持っていることで、あらゆる公開情報が、単なるランダムな流れでなくて、その人を利するエネルギーになる。ラプラスの悪魔みたいに、有益な力だけが取り出せる
- 17:05 何かのサービスを提供する側の人が、そのサービスに何かのパラメーターを仕込んだとして、そのサービスに対する評判だとか、うわさ話や売上高といったものが、その人にとっての極めて有用な情報に生まれ変わる。単なる良さを目指すんじゃなくて、「これを変えた」と自覚するのはきっと大切
- 17:07 ドラゴンクエストを作っている人たちの、経験知と環境の難易度との相関図なんかもそうだろうし、対戦格闘ゲームなんかもそう。パラメーターを知っている人だけが、うわさ話から、有益な何かを知ることができる
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