Sat, Oct 22

  • 13:07  でも緊急性って難しい。そのとき呼吸が止まっていたりしたら、これは誰の目にも緊急だけれど、1週間前からの腹痛が、今まさに破綻寸前だったりすると、これはもしかしたら緊急でないと判断されたりもする。話聞いて、症状見て、緊急性がそれだけで判断できるとは思えない
  • 13:08  緊急でない状態というのは、原因は分からないけれどとりあえずすぐには死なない、ということが何らかの理屈で証明された状態なのだと思う。見た目元気、というのは全然当てにならない
  • 13:09  その症状を見たときに、とりあえず見た目の重傷度を脇に置いておいて、その症状からすぐに致死的な状況を生じうるシナリオを危険度順に想像して、それを上からいくつ潰した、だからあと一晩は経過を見て大丈夫、と宣言するのならまだしも
  • 13:17  その科、その科の考えかたみたいなものは、もう少し鮮明にしたほうがいいんだと思う。頻度で考えるのが一般他科なら、救急はあえて頻度無視、1時間後に急変する疾患、6時間後に急変する疾患、1日後に急変する疾患、みたいな時間軸で考えたほうが
  • 13:19  集中治療の人たちは、診断スルー、測定できる検査値の正常化に全力を挙げる。診断は主治医を引き受けるそれぞれの科が考える。あえてそう割り切ることで、脳が複数に増えて、考えかたに幅が出る。みんなで同じことしてもしょうがない。これが喧嘩の原因にもなるんだけれど
  • 13:20  そういう意味で、そこにいるだけで基本全科を敵に回せる感染症内科の人って、メンタル強いなって思う。考えかたが「俺はこうだ」と決めてるからこそなんだろうけれど。
  • 13:21  臓器別の考えかたって、みんな仲良く、を暗黙に目指した結果でもあるのではないかと思う。昔のナンバー内科時代は、1内から3内まであったら、それは総合病院が3つ、同じ施設内にあるという意味だった
  • 13:22  ナンバー内科時代というのは、たぶん番号を分けていたのは哲学の違いであって、だからお互い口もきかないレベルで仲悪かったりもしたし、喧嘩になった。欠点だらけのやりかたではあったのだろうけれど、臓器別になって失われた部分もあるような気がする
  • 13:24  臓器別をやると、あるかの誰かが分からないを宣言すると、その病院の誰に聞いても分からない、という事態が発生しうる。呼吸器の人がたぶん肝臓だろうと考えて、消化器の人が確定診断つければそんなことはないんだけれど
  • 13:26  根っこの考えかたが同じ人たちが集まると、科をまたいだときに「おまえら馬鹿じゃねぇの?こんな簡単なのも分からないの?脳腐ってるの?治したいの?殺したいの?医者やめたら?」なんて転科の挨拶が病院から消える。これはむしろよくないことなんだと思う
  • 13:30  考えかたの根っこが同じなら、頭の中にある鑑別診断リストの順番も共通、提出されるべき検査も共通、ということになる。これをやると、誰かが白旗上げると、病院として白旗挙がることになる。リストの序列が異なる誰かなら、同じ状況で次にやることが異なってくる。これやらないと逆に怖いと思う

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