他科との転科交渉

重篤な患者、問題が複雑な患者が救急外来から入院すると、複数の科の医師が同時進行的に患者を診察することが発生しうる。当院では、当座は救急外来/集中治療室が主治医を務めるが、後々になり、どこの科が主治医としてその人を診察するかでもめることがある。

主治医を引き受けるとそれに伴って責任がついてまわる。面白そうな症例には誰もが口をはさみたくなるが、いっぽう当事者には誰もなりたくない。一度アドバイザー、オブザーバー的な立場の味をしめた科の医師は、転科の依頼があってもオブザーバーとしての立場を死守しようとする。

こんなときに公式な会議を開き、そこで転科の依頼をするのは無意味である。正式な交渉ルートで交渉を行っても、患者を受けるほうにはいくらでも断る口実が作れる。

当科的にはできることはないように思う。
当科的にできる対策は、すでになされているようだ。
その人の本当の問題は、別の部分にあるのではないか。

いくら理を尽くして説明したところで、取りたくない患者の言い逃れはいくらでもできる。一方、公式な会議の場では「ぶっちゃけた」相談は出来ないため、お互いの利害の絡む交渉はいよいよやりにくくなる。患者に関する詳細なレポートを作ってプレゼンテーションをするぐらいなら、いっそのこと「芸をしますから患者を受けてください」と、裸踊りでもしたほうがよほど患者を受けてくれる可能性は高くなる。

本当に転科の必要な患者、あるいはその科に診て欲しい患者であれば、公式なルートよりもむしろ裏の交渉ルートを作る努力を行うほうが確実である。

大学の同級生、飲み会でつぶしたことのある相手、最近院内で虐げられている喫煙者同士などといった医学的なものとは何の関係もないルートから交渉をはじめ、人のいないところ、忌憚のない意見をお互いに吐ける所での交渉でほとんどのことを決めてしまう。

交渉の内容も、医学的なものからなるべく離れた条件、たとえば今度患者が来たら優先してベッドを作るから、今度一緒にのみに行きましょう、などといったもののほうが議論の「勝ち組み、負け組み」ができにくく、より簡単に交渉が進む。

内科カンファレンスの場で、何か根回しをするわけでなくいきなり転科依頼をするレジデントがいた。

「患者のことを考えれば自分たちが診るべきでなく、あなた方が主治医になるべきだ」
と内科に特攻をかけてきた直後に部長に黒焦げにされていたが、そのレジデントが交渉の基本をまるで分かっていないのか、その科の方針で研修医にわざと大やけどをさせているのか。

部長クラスが集まる席で相手を説得するカンファレンスは議論の場ではなく、日本においては単なる挨拶の場にしか過ぎない。