EBMの活用方法

EBMという概念は、某巨大掲示板のような場所で使われると、相手にとって迷惑この上ない武器になる。


その発言のエビデンスレベルはどのぐらいなの?
反論するけど、NEJMのバックナンバーぐらい全部読んでるよね?
そんな治療、ガイドラインのどこにも書いてないんだけどEBM分かってる?
ガイドラインにも言及されていないような瑣末的なことを、ここで論じてなんになるの?

強弁、論点のすり替え、相手への罵倒やラベリングといった議論の流れを破壊するためのテクニックは、
EBM」という言葉をかぶせるだけでよりいっそうパワーを増し、他愛のない議論に燃料を注ぐのに非常に役に立つ。

別に実世界の議論ではないのだから、負けたってかまわない。


こんな議論に論文引っ張って、なにマジになってんの?
EBMって要は、アメリカ人の言うことなら何でも正しいっていうことだよね。
議論に負けそうになったら、こんな捨て台詞を残して回線を切れば、次に接続したときにはもう他人だ。前回の負け戦のことは忘れて、また別の議論に火を注げばまた楽しめる。ネット上の論戦のような遊びは、傍観者をきめこむよりも当事者として議論を楽しんだほうが得だ。

どうせお互い匿名なのだし、ベテラン、新人の区別などできっこない。相手を傷つける心配などせずに資料をぶつけていくこともできるし、負けそうになっても相手から変な情けをかけられることもない。

実世界で顔をつき合わせて行う議論では、意見がぶつかることが生じた場合には必ず「落しどころ」をどこへ持っていくかを探らなくてはならない。病棟で喧嘩になると仕事が進まないので、そもそも意見がぶつかる機会自体が少ないが、意見がぶつかることそのものを由としない風潮からは進歩が生まれない。

MedLineなどのデータベースがどこでも利用できるようなり、論文の引用は飛躍的に便利になった。

自分が学生の頃は、まだインターネットなど大学内で1回線つかえるかどうかの時代。論文の検索はIndex Medics(もはや死語)という雑誌をひたすらめくって、自分の専門分野を検索する。医師になった先輩が症例発表などをする前には部の下級生が集められ、図書館で各自IndexMedicsの割当を決められて検索の手伝いをするバイトなどがあったものだ。今は同じことがクリックひとつでできる。

情報が飛躍的に早く入るようになった分、他の分野で何がスタンダードになっているのかがわかりにくくなった。教科書を参照すればもちろん書いてあるのだが、せっかく最新論文が手に入るようになったのだから新しい情報が欲しくなる。

周りに聞ける先生がいなかったとき、ネット上で行われる議論で引用される論文は参考になることが多い。もちろん誰もが匿名だから、こうした情報の信憑性については自己責任の世界になる。特に、新しく得られた情報を臨床の現場にフィードバックするときには非常な注意が要る。

今は大きな病院にいるのでそんなこともなくなったが、内科が自分しかいないような状況では「最新の」治療や知識を現場で用いるのには非常な不安があった。


読んだ論文は本当に正しいことを言っているのか。
その論文の掲載雑誌はメジャーなものなのか。
そもそも英語論文を翻訳した自分の英語力はそんなに信頼できるものなのか。

こんなことを考えてしまう時点で、すでに新しい治療手技を病棟で試す気力は失せ、分からないことは「今日の診療指針」に頼ることになる。

エビデンスとは対極にあるような内容の本だが、記載はすべて日本語、どんな検査をして、どんな治療薬を処方すればいいのかまで書いてあるので、そのとおりにやれば一応の治療は可能、日本で臨床医をやっている人が自分の名前を出して書いているので、最悪失敗しても本のせいにできる。

この本を馬鹿にするのは「EBMを実践する医師」になるための通過儀礼のようなものだが、分からない患者を治療しなくてはならないとき、これほど頼りになるものもない。まわりに相談する相手がたくさんいる現在の環境になってからは、ほとんど開くこともなくなったが。