裏切らないという宣言

病院を移るというのは、結構恐ろしい経験だ。知り合いのいないところに一人で行かなくてはならないし、そこで初対面の医師どうし。

就職早々しなくてはならないのは、自分が信用に値する人間であり、ここでいっしょに働くだけの価値のある人間であるとアピールすることだ。「あいつ、嫌な奴だよね」などという噂が立ったら最悪。狭い病院、こうした噂を挽回するのには半年はかかる。

新しい病院へのデビューには、やり直しは無い。仮に失敗してしまっても、何とかその施設で生き延びていかないと、もうもとの病院には帰れない。

いろいろな病院を点々とする中で、生き延びる知恵のようなものだけは身についた。

医者という仕事はなんだかんだいっても集団作業なので、医局の中で異物でいると、いつまでたっても仕事がスムーズに進まない。新しい病院に移ったとき、どうやったら早く集団の一員に慣れるのか。とくにその場所がギスギスした場所であったとき、どうやったら下らない争いに巻き込まれず、自分本来のスタンスで仕事が出来るようになるのか。

心がけてきたのは、就職当初は、「その集団の中で奪い合っているパイには決して手をつけない」と早めに宣言するということだ。

囚人のジレンマという問題がある。

2人の人を用意して、協力するか、相手を裏切るかを以下のルールで決めてもらう。
(1).協力しあわなければどちらも500円
(2).協力しあえばどちらも1000円
(3).相手が協力して自分だけ裏切れば、自分は1500円で相手は0円
お互いの考えていることが分からず、また相談をすることも許されないような状況では、お互いが疑心暗鬼となる。相手を裏切ってしまったり、少なくともその場の空気は悪くなる。

一方、こうした状況で、相手があらかじめ「協力する」と宣言すると、社会的生き物である人間の良心的な部分が顔を出す。相手が裏切らないと分かっているならば、多くの人が(3)よりも(2)、つまり「自分だけ1500円」よりも「互いに1000円」を選ぶという。

相手の出方がわかっているとき、たいていの人は闘争するよりも、協力行動を選ぶ。「私はパイはいりません」とあらかじめ宣言してしまうと、たいていの場合、受け入れ先の医局側から自分にもパイを分けてくれるようになる。

実際のところは、こんな高尚なゲーム理論など考えたことも無く、新しい病院に行ったら、まずは「おとなしくする、症例をがっつかない、暴れない」を守っていただけ。10年で何度も病院を代わっているのだから説得力が無いかもしれないが、最初にできる奴振りを見せつける戦略よりは、最初は借りてきた猫からスタートする戦略のほうが、結果としてパイの喰いっぱぐれも無いし、本来の仕事が早くはじめられる気がする。

では、「パイ」とは何か。これが見えないと、権利を放棄しようにも何を捨てればいいのか分からない。

たいていの場合、パイとは内視鏡や心カテの症例数であったり、ラボで教授が与えてくれる論文の種であったり、下級生への先輩風の吹かせ方であったり、同僚や下級生からの支持(こんなものこそ、本来は自分で勝ち取るものだ)であったり、いわゆる「権力」「政治力」であったり、そんなもの。

「パイを食べる権利を放棄する」という宣言のしかたは、施設によって変わってくる。

例えば内視鏡にしても、施設によって何がパイを食べることにつながるのかが逆になる。

内視鏡の研修病院なら、「とりあえず内視鏡は見学だけする」ことがパイの放棄になる。一方で内視鏡の予約が列をなす、忙しい市中病院なら、逆に「内視鏡の症例をガンガンこなす」ことで、何らかの権利を放棄する宣言を行うことになる。要は、自分がまずはその場の最低の人間になるというとだ。

単に「自分は人畜無害な奴です。一生懸命迷惑にならないように立ち回ります。」と入職早々宣言できれば簡単なのだが、そんなことしたら基地外扱いだ。医者は紳士/淑女の集まり。宣言は奥ゆかしくやらないと。

上手く権利放棄の宣言ができて、囚人のジレンマ的な問題が解決すると、多くの医師は協力する立場を選んでくれる。ものごとが上手く回り、飲み会にも誘ってもらえる。

あえて美味しいところを食べに行かずに腐肉を漁るストラテジーは情けないけれど、自分のようにいろんな病院をさまよう医者には欠かせない。