みんなと同じことをするという戦略

>「みんなと同じことをする」しかいない国は、危ない。
>中心が腐った場合、その腐敗を食い止める力がなく、腐敗がひろがる一方だからだ。
>バブルも、欠陥マンションも、そしてファシズムも、そのようにしてひろがる。
>腐敗した権威や確信犯はもちろん悪いが、それをひろげていくのは
>「**みんなと同じことをする**」人だ。
>[「みんなと同じことをする」人しかいない国](http://mojix.org/2005/12/06/181109)より引用

##停滞と維持との違い
止まれば腐る。腐れば滅びる。

実世界では赤の女王仮説というのはどうしようもなく真実だ。同じ場所に居つづけようと思ったら、
どんな方向であれ、走りつづけなくてはならない。

同じ場所に止まっているように見えても、その場所を自覚的に維持しているのと、単にそこで
停止しているのとは違う。維持している人は生きている。必要があれば、すぐ動く。
止まっている人は、死体と同じ。

##みんなと同じことをするという生存戦略
高校生までと、大学以後とでは、試験の通過戦略は大きく変わった。

受験勉強というのは競争試験。大事なのは上位に入って誰かを打ち負かすことであって、
たとえ点数が優れていても、一定数の「上位」に食い込めなければ意味がない。

「勝つ」ための戦略、「負けない」ための戦略。みんなと同じことをやっていても合格できる可能性は
100%ではなく、努力というのは必ずしも報われない。

集団の中に入るのは最悪だ。「足切り」がどのあたりで入るのかは分からないから、もしかしたら
1点の差に泣くかもしれない。例えば面接試験。「隣の人と同じ考えです」なんていう答えを返したら、
落とされるのは目に見えている。生存の戦略としては、他の人と自分との違いを前面に出す。
個性をPRできない奴は、競争では弱い。

大学以後は、試験の評価の基準は大きく変わる。

競争試験から資格試験へ。集団の中で最下位であっても、
問題製作者の作った基準を満たしてさえいれば、
全員合格する。

全員の成績が悪い場合はどうか。もちろん全員不合格になる可能性もある。ところが全員の成績が
「全く同じ」ならば、今度は問題製作者側の評価基準のつけかた、教育のやりかたにも批判の目が向く。

資格試験というルール、「通りさえすばいい」というルールならば、最強の戦略はみんなが同じ答えを書くことだ。

>試験前には学生サイドとしての「模範解答」を作っておく。答えは全て、一語一句に至るまで同じ。

こうしてしまえば、教授サイドも容易には落とせない。

医学部は所帯が小さいから、どこの大学にも試験対策委員会というのがある。

試験直前。みんなで分担してノートを取って、コピーをして全員で共有する。
自分達の頃はインターネットなんて
無かったから、近所のコンビニにかけあって、プリントの束を置かせてもらった。
連絡網で、「○○町のセブンイレブン
プリントがあるからコピーするように」と回して、各自がコピーする。

授業をサボった奴も、全ての講義に皆勤した奴も、条件は同じ。そのコピーの束を信じるかどうかも、
自己責任。

>たとえ間違った解答であっても、それを学年全員が書けば「正解」になる。

試験対策委員会のポリシーというのはこうだった。
もちろん、講義をサボるための格好の口実ではあったけれど。

委員会は上手く機能した。さすがに臨床講義に入ってからは無理だったけれど、
教養課程の先生方の学生評価などはいいかげんなものだ。
試験対策プリントを信じなかった「まじめな学生」は落第。
講義に1回も出席しなかった連中は、試験対策プリントを丸写しして全員合格。
「みんな同じ」戦略の勝利だった。

##「みんなと同じ」が求められる医療現場
病院という現場は、「みんな同じ」やりかたが求められるところだ。

患者さんについて問題を抱えた場合、まず試みるのは以前と同じやりかただったり、
あるいは以前にその問題を解決した上司にやりかたを教えてもらったり。

「画期的な治療方針を考えついたら、まずそれを考えた自分の頭を疑え」というのは真実だ。

病院という業界は、「自己責任で何かやる」ということが不可能だ。
間違った治療をやってしまった場合、責任を取らされるのは常に患者さんで、
医師はせいぜい首になるだけ。どんなに手酷い医療ミスでも、医師が死んで詫びた例など
過去に無いし、それを始めたら医者なんか10年で日本からいなくなる。

自己責任が絶対発生しない業界だからこそ、保守的な立場は結構大事だと思う。

##うまくいっていることから学ぶのは難しい
たしかに、誰もが「正しい」ことをして病人を量産していた時代はあった。

例えば心不全の治療。自分が1年目の頃は、強心薬と利尿薬での治療がまだまだ主流だった。
話が変わったのは3年目の頃。ACE阻害薬という薬が画期的に効果があることが分かり、
心不全の人は本当に長生きするようになった。その後、5年目の頃にはβ遮断薬、6年目の頃には
アルドステロン拮抗薬。その頃には大体、現在の心不全治療ができるようになった。

肝心なのは、今の最新の心不全治療に用いる薬のほとんどは、自分が1年目の頃にはすでに
市販されていたということだ。