2005-10-21から1日間の記事一覧

論文を書くということ

昨日のおしゃべりのまとめ。アカデミズムに背を向け、ただひたすらに患者様中心の医療に邁進すのは、 全然かっこいいことじゃないです。臨床のことだけ、治療のことだけ考えて医者をやっていくという選択肢は、 何の覚悟もいらない、楽な道を選択するという…

アメリカに渡って大学教授をしている先生。タイや北欧に渡った人もいます。他にもいろいろ。

医者という仕事を続けていく中で、臨床をやりつつ論文執筆に時間を割くのは大変です。 その行為の意味は、現在の自分の時間を、自分の未来に投資するということです。臨床をやりつつ論文を書くという文化を知らない医者は、 そのあたりがかなりいいかげんで…

某南の島の地域医療体制を立ち上げて「神様」扱いされていた先生は、今ニカラグアで大腸カメラを

しています。

10年目ぐらいで急にボスニアに旅立ち、「手術室の壁は、銃痕でめちゃくちゃです」という手紙を最後に

失踪された外科の先生。2年ぐらい経って、ひょっこり戻ってこられました。

日常業務からいかに無駄を省くかという一点に血道を上げてきた人。

両者には接点がありません。例えば、生きた魚を捌いたことのある人と、 魚といったら魚屋の切り身しか見たことのない子供みたいな関係です。喧嘩にすらなりません。「魚は本当は生きている」という知識は、知らなければ知らないで、何とかなります。 日本に住…

論文執筆という行為が、医師としてのライフサイクルに組み込まれている人。

厳密にいって当科的な適応はありません。

返答はいろいろですが、要は「忙しいんだからそんな患者は紹介するな」。 実力あるんだから力貸してくれよ…。けっこう悲しくなります。##「論文を書くこと」の価値 臨床研修というのは、要は医者として活動するための洗脳教育です。どんなに個性の強い奴でも、研…

そんなの診ても業績にならない。

同じリスクと効果を維持しつつ、どこまで治療を合理化できるのか

今よりもうまいやりかた。無駄のない方法論。そうしたものは、 日本中の臨床家が常に求めつづけています。「**カイゼン**」への欲求というのは、 なにもトヨタ自動車の社員の特権ではなく、たぶん日本中の技術者の本能みたいなものです。発見できた「うまいやり…

今の診断プロトコールにどんな検査を加えれば、重要な病気の見落としが少なくできるのか。